茨城の星? 1998年開業、常磐線「ひたち野うしく駅」の知られざる利便性を知っているか

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茨城県南部の県南地域に位置する牛久市。そんな同市にある1998年開業「ひたち野うしく駅」の利便性とは?

13年ぶりに駅が復活

ひたち野うしく駅の周辺(画像:岸田法眼)
ひたち野うしく駅の周辺(画像:岸田法眼)

 1990年代に入ると、住宅・都市整備公団(現・独立行政法人都市再生機構)は、万博中央駅跡地付近に約235haの「ひたち野国際交流都市・人人(ひとびと)ニュータウン」(人人ニュータウン)の宅地開発(一戸建ておよび集合住宅)に取り組む。

 当時、東京都の地価高騰により、持ち家、賃貸に関係なく、郊外に住まいを構える人々が増えていた。その人々は東京都外に住み、東京都内に勤めていることから、

「横浜都民」
「埼玉都民」

などと言われるようになった。茨城県では、取手市、古河市、守谷市などが東京への通勤圏、すなわち「茨城都民」のすみかと化していた。

 1995(平成7)年5月17日、JR東日本と住宅・都市整備公団、牛久市は万博中央駅跡地付近に新設を建設することで合意。事業費約70億円のうち、駅舎やホーム(約50億円)は住宅・都市整備公団、駐輪場など(約20億円)は牛久市がそれぞれ負担した。のちに駅名が「ひたち野うしく」に決まる。

 茨城県がかつて「常陸国(ひたちのくに)」と呼ばれたこと、新駅が牛久市に所在することが由来。「野」以外をひらがなにすることで、柔らかいイメージ、地域住民から親しまれる駅を目指した。さらに当時では珍しい、エスカレーターとエレベーターの両方を完備することで、いち早くバリアフリーに対応した。

 人人ニュータウンも順調に宅地開発が進み、1997年度より分譲を開始。茨城県は東京都心に比べ、物価が安いことから、民間の分譲住宅は5LDKでも2000万円台に抑えた。

 冒頭で述べたとおり、ひたち野うしく駅は1998年3月14日に開業。現在、駅周辺は宅地のほか、ショッピングセンター、銀行、郵便局、小学校、中学校が整備され、しかも居住地から徒歩圏内なので、利便性がよい。未開発の土地があることから、伸びしろが続く可能性を秘めている。

つくばセンター方面への玄関口も兼ねる

ひたち野うしく駅で発車を待つJRバス関東のつくばセンター行き(画像:岸田法眼)
ひたち野うしく駅で発車を待つJRバス関東のつくばセンター行き(画像:岸田法眼)

 ひたち野うしく駅の開業は、つくばセンター方面へのアクセスにも影響した。

 JRバス関東と関東鉄道は1998(平成10)年3月14日、ひたち野うしく駅~つくばセンター間の共同運行路線バスを新設した。これまで常磐線沿線から、つくばセンター方面へは荒川沖駅、もしくは土浦駅から路線バスが発着していたが、ひたち野うしく駅の開業により、路線バスを変える利用客が顕著になった。東京都内や千葉県内からだと、ひたち野うしく駅が近いということが影響している。

 つくばセンターアクセスは当時、東京駅八重洲口からの高速バスが主流だったが、ひたち野うしく駅~つくばセンター間の共同運行路線バスは、それを補完する役割のほか、路線バス沿線から東京方面へ向かう通勤客ルートとして重宝された。

 2005年8月24日のつくばエクスプレス線(首都圏新都市鉄道常磐新線)開業後も、ひたち野うしく駅~つくばセンター間の共同運行路線バスは1時間あたり2~3本運行されており、常磐線沿線からつくばセンター方面へのパイプ役として欠かせない存在だ。

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