フォルクスワーゲンの原型? 1920年代チェコで生まれた「革新的小型車」 その数奇な運命とは

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1920年代、東欧の工業国チェコで、革新的メカニズムを備えた車が登場した。「タトラT11」。かの有名なフォルクスワーゲンの技術的母体とも言われている小型車だ。

戦後、ワーゲン側が賠償金支払い

タトラT97。タトラが1940年代を見据えて開発した1.8リッター空冷水平対向4気筒SOHC。1938年に完成し市販が開始されたものの、ドイツの横やりで生産中止に追い込まれた結果、生産台数は510台のみというレアモデルである。現存台数も極めて少ない。こちらも空力的なディテールが素晴らしい(画像:矢吹明紀)
タトラT97。タトラが1940年代を見据えて開発した1.8リッター空冷水平対向4気筒SOHC。1938年に完成し市販が開始されたものの、ドイツの横やりで生産中止に追い込まれた結果、生産台数は510台のみというレアモデルである。現存台数も極めて少ない。こちらも空力的なディテールが素晴らしい(画像:矢吹明紀)

 これはどう好意的に解釈しても無法であった。結局、第2次世界大戦後の1961年に大戦中の理不尽な製造禁止命令のみに関しての訴訟がチェコで提起され、最終的にはkdfあらためフォルクスワーゲン側の賠償金支払いで決着している。

 現在、世界の自動車史においてkdfからフォルクスワーゲンに至る系譜を語るとき、そこにタトラという存在が極めて重要な役割を果たしていたことは、まず間違いなく言及されるというのはセオリー中のセオリーである。

 パテント盗用問題については最終的には有耶無耶(うやむや)となった一方で、フォルクスワーゲン側がタトラに謝罪したという事実で、おそらく今は亡きハンス・レドヴィンカも満足してくれているのではないかと思う。

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