フォルクスワーゲンの原型? 1920年代チェコで生まれた「革新的小型車」 その数奇な運命とは
1920年代、東欧の工業国チェコで、革新的メカニズムを備えた車が登場した。「タトラT11」。かの有名なフォルクスワーゲンの技術的母体とも言われている小型車だ。
改良重ね 一躍世界的な注目集める

フラッグシップゆえ、T77のエンジンは空冷V型8気筒の3リッターという大型。その流線型ボディはかなりのインパクトがあったものの、基本的に数が売れるクルマではなかった。T77は数回のマイナーチェンジをへてT87へと進化する。
一方、T87と同じ頃、タトラの開発室では、T87を小型化したシャシーに1.8リッターの空冷水平対向4気筒SOHCエンジンを搭載したベーシックモデルの設計も進んでいた。これがT97である。
T97の設計において主導的役割を果たしたのは、ハンスの息子エーリッヒ・レドヴェンカと、長年ハンスの右腕的役割を務めてきたエーリッヒ・ウベールレッカーである。
一連のタトラ車は一躍世界的に注目されることとなり、1938年からは最新型のT87の量産が開始された。しかしタトラにとって時代は思わぬ方向に動き始めていた。
ナチス政権が併合、ドイツ企業に
1938年6月、アドルフ・ヒトラー率いるナチスドイツは隣国のオーストリアを併合し、同時にチェコをも武力をもって恫喝(どうかつ)。翌年9月、チェコはドイツに併合されることとなる。タトラは心ならずもドイツの企業となったのである。
ここで話は5年前の1934年にさかのぼる。
政権を奪取したばかりのヒトラーの政策の中に、国民の誰もが気軽に購入できるローコストで高性能な自家用車を国家が主導となって開発する――という、いわゆる国民車構想があった。
この国民車構想の中核というべき主任設計者の座にあったのは、ご存じフェルディナント・ポルシェである。