率直に言う 磐越道バス事故を「運転ミスだけの問題」として片付けてはいけない――見落とされた構造要因とは

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高校生ひとりが死亡し、20人が重軽傷を負った磐越道のバス事故。その背景には、運転手不足や貸切運賃の上昇、学校側の知識不足、契約確認の形骸化があった。事故118件の現実から、「教育移動」の安全をどう支えるかが問われている。

契約主体としての学校側の限界

 では、学校現場は契約の当事者として、十分な知識や対応力を持てる仕組みになっているのか。筆者も大学教員として、日々の業務のなかで貸切バスを発注する立場にある。筆者は専門家であるため、発注書や引受書、運行指示書まで細かく確認しながら対応できる。

 しかし、多くの教員やサークル、部活動の顧問は、契約実務に詳しいわけではない。数少ない詳しい教員に頼る学校運営には、どうしても負担が集中する。そうなると、発注業務が正式な契約確認ではなく、

「慣例に頼った運用」

になりやすい。結果として、発注側と受注側の認識の食い違いも生まれやすくなる。

 制度への理解不足が危うさを抱え込み、その結果、「安全に移動したい」という発注側の善意が、事故の危険につながる場合もある。今回の件でも、白バスや白タクに対する理解の差が、教育現場で大きいことが報道から見えてくる。

 教育現場では、白ナンバーと緑ナンバーの違いすら十分に知られていない教職員も多く、現場と制度の間に開きがあることもわかってきた。一方で、都道府県のバス協会や行政は、緑ナンバー車両を使った貸切利用について周知を進めているが、その情報は学校現場まで届きにくい。学校側に接点が少ないためだ。教育委員会と学校現場の間でも、情報共有が十分とはいえない。

 教育の現場に身を置く者としては、こうした問題があることを改めて共有したい。今回の事案を、

「誰かの悪意」

という見方だけで片づけるのではなく、現場の運用や知識不足の問題として捉えることも必要だ。

 部活動やサークル活動での引率や移動に関する知識や対応力をどう補っていくのか。教育行政の役割についても考える必要がある。

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