1980~90年代、なぜ車の屋根には「スキー板」が並んだのか?――誰もが当然に思っていた光景、その消失の理由とは
勝者と敗者

勝者は、車内空間を広げたSUVやミニバンのメーカー、燃費を極限まで追求した開発部門、そして重い荷物を運ぶ物流企業である。2024年の余暇市場規模は75兆2030億円に達し、消費者が物の提示よりも、移動や宿泊など体験の質に資金を向けている現実を示している。
自動車メーカーは、かつて社外アフターパーツが担っていた積載という役割を車両内部に取り込み、利益を手元に集約した。
レジャーの現場では明暗がわかれた。鳥取県のだいせんホワイトリゾートでは、1995(平成7)年度の41万人が昨年度には11万人に落ち込み、運営企業は撤退を決めた。
一方、滋賀県のグランスノー奥伊吹は、駐車場からの屋根付きエスカレーター設置や最新ウェアの導入により、1997年度の5万人から昨年度は25万人を超える入場者数を確保している(同紙)。
勝敗を分けたのは、移動にともなう寒さや荷物の重さといった身体的負担を、製品や外部サービスでいかに解消できたかである。板を積む苦労さえも誇りとされていた時代は終わり、今では取り除くべき不快な要素となった。利便性やサービスを優先する流れは、所有にともなう手間を喜びとする価値観を上書きしたのだ。
敗者となったのは、季節変動に依存し、変化を拒んだレジャー産業や、特定用品に特化したマス市場である。国産スキー板メーカーも過酷な運命を辿った。1990年の輸入関税撤廃による価格競争に加え、需要の冷え込みが追い打ちをかけた。
1991年にハガスキー、1996年にカザマスキーが倒産し、1997年にはヤマハ、1998年には西沢が事業から撤退した。移動を通じて自分の価値を示す文化も勢いを失った。キャリアメーカーは一部の愛好家向けの狭い市場に追いやられたが、キャンプブームなどを背景に、効率化への反発からくる揺り戻しも見られる。