1980~90年代、なぜ車の屋根には「スキー板」が並んだのか?――誰もが当然に思っていた光景、その消失の理由とは
関越道の渋滞を彩った屋根上のスキー板――1993年1860万人のスキーヤーが誇示した移動文化は、2024年には420万人に縮小。都市消費、物流、車両設計の変化が、自己表現としての「移動パレード」を過去の光景に変えた。
可視化から不可視化への転換

前述のとおり、全盛期の1860万人をピークに、日本のスキー・スノーボード人口は激減した。2024年には420万人にまで落ち込み、1999(平成11)年に全国で698か所あったスキー場も、現在は417か所と約6割に減った(同紙)。
バブル崩壊後の不況や就職氷河期といった社会状況の変化が、市場の中心層をゲレンデから遠ざけたのである。
しかし、これはレジャーの消滅を意味しない。人々の関心は、時間と費用を要するスキーから、「安く、近く、短期間」で楽しめる遊びへと移った。2024年の調査では「動画鑑賞」が3690万人で2位に浮上し、余暇は屋外での誇示から、屋内やデジタル空間での消費へとシフトしている。都市型娯楽の多様化や若者のクルマ離れも、この傾向を強めた。
自己表現の舞台は、車体という物理的な場所からスマートフォンの画面へと移行した。体験の証明は、物体からデジタルデータに変わり、SNSのエックスなどでは2510万人が日常的に画像を保存し、後から共有するのが一般的となった。
走行中に屋根の上で板を掲げ、自分の活動を周囲に示す必要はなくなった。
SUVは今も高い人気を保つが、その屋根は滑らかである。屋根の上に荷物を載せる行為は、自分の生き方を示す手段としての役割を終えた。情報を発信する力が車から失われ、個人の満足が内面化されたことで、屋根は空力性能だけを意識する平坦な空間となった。