1980~90年代、なぜ車の屋根には「スキー板」が並んだのか?――誰もが当然に思っていた光景、その消失の理由とは

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関越道の渋滞を彩った屋根上のスキー板――1993年1860万人のスキーヤーが誇示した移動文化は、2024年には420万人に縮小。都市消費、物流、車両設計の変化が、自己表現としての「移動パレード」を過去の光景に変えた。

内側に取り込まれたレジャー

立体駐車場(画像:写真AC)
立体駐車場(画像:写真AC)

 1990年代後半、トヨタ自動車のハリアーや三菱自動車のパジェロ、スバル・レガシィの普及により、荷室の使い方は大きく変わった。道具は車内に収まり、屋根の上に見せる必要は薄れた。

 メーカーは積載力という付加価値を車両の内部に取り込み、かつては外に置くしかなかったレジャー用品を、プライバシーと安全が守られた室内に収納できることが洗練された姿と見なされるようになった。消費スタイルは、他者への誇示から内面的な充実へと移行していたのである。

 都市部の立体駐車場にある「2.1m制限」は、キャリアの地位をステータスから利便性を損なう要素へと変えた。板を積む手間そのものが誇りだった時代は終わり、解決すべき不便として認識されるようになった。

 2024年の市場動向を見ると、観光・行楽部門は前年比9.9%増と高い伸びを示している(同白書)。特にホテルや乗用車の利用は拡大し、移動の質そのものに資金を投じる傾向が強まった。

 メーカーは燃費規制の強化にも直面した。欧米の規制に象徴される流れは、空気抵抗を減らす技術を企業競争の核心に押し上げ、屋根の突起物は燃費を悪化させる要因として排除の対象となった。

 物流の進化もこの流れを後押しした。ヤマト運輸のスキー宅配サービスにより、重い荷物を自ら運ばず現地で合流するスタイルが定着した。

 道具の運搬を外部サービスに任せる文化が標準となり、レジャーへの姿勢も「安く、近く、短期間」が優先されるようになった。都市部にユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が登場するなど娯楽が多様化し、時間も費用もかかるスキーから客足が遠のいた。温暖化による雪不足も、業界の経営を圧迫している(同紙)。

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