一度は消えた「駅ビル展望台」――いま“マチの顔”として復活している根本理由
2025年秋、東京・高輪と大阪・淀屋橋で高さ約150mの無料展望施設が相次いで誕生した。かつて合理化で消えた「展望」が、体験型・滞在型として再評価される理由を、都市と商業の変化から読み解く。
バブル崩壊後、相次いだ展望施設の閉鎖

しかしそうした動きは長くは続かなかった。バブル崩壊後、「合理化」の旗印のもと直接の収益に繋がらない施設が消えていくなか、商業施設に併設された展望室の多くは閉鎖となり、また屋上遊園地・屋上展望施設は維持管理費に加えて防犯・防災や耐震化の観点から閉鎖が相次いだ。
さらにバブル期以降とくに大都市では高層ビルの増加から「展望」自体の価値が失われていった。いずれも超高層オフィスとの複合ビルに設けられており、東京を代表する有料展望台だった霞ヶ関ビルディング「展望回廊パノラマ36(36階)」(東京都港区)、同じく大阪を代表する有料展望台の1つだった大阪ビジネスパーク・大阪城前の「TWIN21展望台(38階)」(大阪府大阪市中央区)、さらには無料展望台が設けられていた「新宿センタービル(大成建設本社ビル)(53階)」、「新宿住友ビル(51階)」(いずれも東京都新宿区)なども、バブル期から2010年代にかけて相次ぎ閉鎖となった。
とくに2010年代に入ると再び都心エリアの地価が高騰したことにより、展望フロアや展望レストラン街を共用部ではなく賃貸オフィスなどに転用する動きも起きた。このようにして「収益化」「効率化」という大義名分のもとで、駅ビルや商業施設をはじめとした都心の「展望」をウリにした施設は多くが姿を消していった。