「欧米EV失速 = 日本の勝利」という危うい幻想――中国知財への依存が招く構造的リスクとは
技術の優位性 or 規格の支配力

世界各国は、自前主義を貫きながらEVのハードウェアとソフトウェアでの勝負を続ける中国由来の知財ライセンスを仰がざるを得なくなる「産業の空洞化」をリスクとして推計して、意識せざるを得なくなる可能性がある。
2025年のジャパンモビリティショーでは、BYDが日本の都市地域構造も意識したラッコ(軽EV)を発表し、一方ではEVバスのラインナップも魅せている。さまざまな都市の暮らしのシーンを意識したEVの車種展開を始めているのが明らかとなった。
今後は、EVに可能性を感じるASEANを試標としながら、都市構造や生活者のエネルギーコストへの最適解になる
「特定の用途別のEV開発」
が、さらに注目を集めるだろう。テスラの凋落傾向及びBYDの上昇傾向を見れば、すでにその傾向が出始めている。走行環境や生活環境にフィットするEVを世界中にどう波及させるのか。その陣地をどこが先に確保するかという生存競争に突入するだろう。
プロダクトだけでなく、車のあるよりよい生活を描く上ではエンジン車よりEVに分がある。5年後、10年後の世界の自動車市場は、エンジンの洗練度だけで語れるだろうか。また、変わり得る生活シーンまでを包括的に描けるだろうか。生活や環境の変化、顧客価値の変化も描きやすいEVの存在をメーカーはどう位置付けるか。これが重要な問いである。
欧米のEV逆風を“追い風”と見誤るのには危うさを感じる。タイ・インドネシアの牙城を揺るがす中国メーカーの実利戦略とその展開コンセプト、欧州での規制緩和に安堵する国内の空気には警鐘を鳴らしたい。
日本のメーカーにとって真の主戦場である新興国(タイ、インドネシア等)では、欧米の政策動向とは無関係に、安価で実用的なEV/PHVへのシフトが着実に進んでいるのである。
「欧州が失速すれば日本は安泰」
という雰囲気は絶対的によくない。中国メーカーのEVによる世界展開が、生活者とその実益に食い込めていることを忘れてはならない。読者の皆さんにも、上述の世界情勢下での日本メーカーの針路を考えてほしい。