「駅前タワマンはもういらない」 柏駅そごう跡地“86億円投入”が露呈させた、地方都市・駅前再開発制度の限界
人口43万人超の首都圏ベッドタウン、柏駅東口が再生の局面を迎える。そごう柏店跡地の解体が進み、約5200平方メートルの駅前再開発計画が動き出す。複雑な地権構造や利害調整が課題となるなか、街の未来像は全国の関係者の注目を集める。
柏駅東口の再開発と柏そごう

柏そごうは1973(昭和48)年10月、柏駅東口市街再開発の一環として開業した。再開発構想は1960年代までさかのぼる。柏市は市制施行が1959年と比較的新しく、首都圏から30km以内で平坦な地形という利点もあり、1960年代から急速に宅地開発が進んだ。1959年の人口は3万9000人に過ぎなかったが、1970年には16万人を超え、駅舎の拡張や市街地整備が急務となった。
話の取りまとめには苦労があったが、1971年に市街地再開発事業が計画決定され、1973年9月には都市再開発法に基づく駅前再開発として全国初の駅前デッキが整備された。柏駅東口はこの事業で整備され、街の核として柏そごうが誕生した。
柏そごうは本館とプラザ館を合わせて3万5466平方メートルの売り場面積を持ち、地方都市として最大級の百貨店であった。本館はゴシック様式の建物で、最上階にはそごう店舗として初めて回転展望レストランも設けられた。こうした豪華仕様は後のそごう各店舗の開発にも生かされることになる。
広大な売り場を持つ柏そごうは地域の旗艦店として急速に成長した。柏市の象徴としての地位を獲得し、1990(平成2)年には売上高590億円を記録した。また、東口のマルイや地元商店街、西口の高島屋などと競合しながら、柏駅周辺の賑わいを形成した。この結果、周辺地域は埼玉・千葉・茨城の三県にわたる商圏を獲得し、若者を中心に多くの人が集まる商業都市として栄えた。
1980年代には柏そごうは本館とプラザ館の一部を自社物件化し、財務基盤を強化した。バブル景気の影響もあり、ほかの店舗への投資も行い、グループ全体で基幹店舗としての位置を確立していった。