東京ビッグサイトはなぜ「コミケ聖地」になったのか? 25万人動員、交通混乱が生んだ街の変貌とは

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東京ビッグサイトで開催されたコミケ106は2日間で約25万人を集客。未整備の交通網や高額食堂が周辺経済を刺激し、大規模イベントが都市インフラと地域収益を同時に動かす実態を浮き彫りにした。

コミケ交通地獄の記録

1990年頃の「東京ビッグサイト」周辺の航空写真(画像:国土地理院)
1990年頃の「東京ビッグサイト」周辺の航空写真(画像:国土地理院)

 東京ビッグサイトは最悪の事態を回避しつつ運営を開始したが、利用者からの評価は必ずしも高くなかった。

 当時のアクセス方法は、

・新橋駅からゆりかもめ
・新木場駅から臨海高速鉄道
・東京駅・豊洲駅から都営バス

という複雑なルートだった。以前の東京国際見本市会場は有楽町線の月島駅から徒歩で行けたことを考えると、交通の便は格段に悪化していた。

 1996年夏からコミケも東京ビッグサイトで開催された。しかし通常の交通手段だけでは来場者をさばききれなかったため、東京駅などから臨時の都営バスを増発し、往復運行した。

 それでも東京駅のタクシー乗り場では相乗りの相手を探す人が大勢いた。帰りの臨時バス乗り場は、会場外の土埃が舞う未舗装の空き地にあり、今では信じられない光景だった。この状況は21世紀になっても、ゆりかもめの豊洲延伸やりんかい線の大崎直通まで続いた。

 もうひとつ、オープン当初に注目されたのは食事だった。晴海時代に比べて館内の食堂は価格が高く、量も少なかった。そのため、コミケ開催時には館内に臨時出店が多数出現した。

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