「突走る愛にブレーキはない」──近藤真彦『ハイティーン・ブギ』が映す、現代社会が忘れた“身体の記憶”
1982年に発売された近藤真彦の『ハイティーン・ブギ』は、移動の自由と青春の情熱を象徴する名曲だ。当時、ホンダやヤマハが牽引した若者向けバイク市場は社会的触媒となり、都市間移動の拡大と共に若者の感情を加速させた。しかし現代、原付免許取得者は20年で半減し、バイク文化は衰退。リモート化やSNS時代に失われた「速度と自由」を再考する視点を提示する。
二輪市場を動かした青春消費圏

1982年の日本――。東京ディズニーランドはまだ開園(1983年4月)していない。第二次オイルショック後の調整局面を経て、高度経済成長の余熱は地方都市まで波及していた。東名高速を皮切りに整備された高速道路網が都市間の移動を容易にし、地方の若者も“どこかへ行ける”という実感を持ち始めていた時代だ。
この年、ホンダは原付二種バイク「MBX50/80」を発売し、若者向けスポーツバイク市場を牽引する。ヤマハはRZ250で空前の人気を博し、カワサキはZ400FXを中心とした中型バイク群で“暴走族”文化を裏から支えた。皮ジャン、リーゼント、そして2ストロークエンジンの咆哮――。それらは、家族や学校、就職といった制度に従属する前の、最後の自分の身体で選べる移動であり、“無駄な速度”の祝祭だった。
この時代のバイクは、移動のための交通手段ではなく、風景や関係性を変化させる社会的触媒だった。だからこそ『ハイティーン・ブギ』の冒頭は、こう始まる。
「海辺にバイクを止めて 一瞬マジにお前を 抱いた Lovely Night」
バイクはここで、少年と少女を郊外のどこか、夜の海辺へと連れ出す。都市の管理空間を逸脱し、感情を解き放つ「非日常」への入り口として機能している。これは自家用車では代替できない密室性の欠如による身体的接近でもあり、移動という行為そのものに感情のスピードを重ねる構造が、明確に表れている。