多摩ニュータウンに「都内最古の陸橋」がある理由――戦後開発の街に、いったいなぜ?
東京都西部の多摩ニュータウンは、約2884haに及ぶ日本最大級の大規模ニュータウンだ。起伏の激しい地形に対応し、200を超える橋梁を整備。1960年代から始まった開発は、住宅供給から質の向上へと方針転換し、教育や商業機能も充実させた。一方、老朽化や少子高齢化が課題となるなか、長池見附橋の移設保存は、歴史と現代を融合する持続可能な都市づくりの象徴となっている。
約2884haの巨大ニュータウン

多摩ニュータウンは東京都の稲城市、多摩市、八王子市、町田市にまたがる多摩丘陵に計画・開発された、日本最大規模のニュータウンである。1960年代後半、東京都や都市再生機構(旧住宅・都市整備公団)が主導し、東京の深刻な住宅不足を背景に開発が始まった。区域面積は約2884ha(東京ドーム617個分)に及ぶ。京王線や小田急線の延伸により、新宿駅からのアクセスも大幅に向上した。
開発当初は団地中心の大量住宅供給が主目的だったが、1973(昭和48)年のオイルショックを機に住宅の質を重視する方針へと転換した。多様な住宅タイプの導入が進み、教育・文化・商業・業務機能の整備も進展した。単なるベッドタウンではなく、自立した都市形成を目指す取り組みである。地域に残る農家集落との共存や緑地の確保、歩行者専用道路の整備など、住環境の快適性向上にも力を入れた点が特徴的だ。
1980年代以降、多摩センターや南大沢を中心に開発が加速した。大学や企業の進出も活発化し、行政の支援のもと業務用施設や特定業務地区が設けられた。これにより地域内での雇用機会も増加し、働く場が拡大した。一方で、開発初期の諏訪・永山地区では団地の老朽化と住民の高齢化が進行。これに対応し、大規模な団地再開発や住み替え支援、福祉拠点化などの施策が実施されている。
現在、多摩ニュータウンの人口は約22万人を擁するが、
・少子高齢化
・施設の老朽化
が喫緊の課題となっている。今後は2050年にかけて人口減少が予測され、地域の再生と持続可能な街づくりが求められている。東京都は2040年代を見据えた長期的な再開発計画を策定し、多摩ニュータウンの活性化を推進している。