「21世紀に間に合いました」 初代プリウスという名の97年の閃光――エコだけじゃないその神髄とは?

キーワード :
, ,
東京都が2030年までに新車販売を非ガソリン車に切り替える方針を掲げ、電動化が加速している。1997年に初代プリウスが月産1000台で登場して以来、環境技術とデザイン価値の両立が市場拡大のカギとなっている。

京都議定書とHV誕生の共鳴

初代プリウス(画像:トヨタ自動車)
初代プリウス(画像:トヨタ自動車)

 そんな未来が現実味を帯びたのは、1997(平成9)年12月のことだった。第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)で京都議定書が採択されたその月、トヨタは初代プリウスを市場に投入した。キャッチコピーは「21世紀に間に合いました」。自動車業界にとって、象徴的な出来事となった。

 当時、国内の自動車評論界を代表していた徳大寺有恒氏は、『週刊プレイボーイ』の連載でプリウスを高く評価した。「東京モーターショーで最初に見るべきクルマ」として取り上げ、次のように述べている。

「プリウスは世界最初のハイブリッド車で、月に1000台という少ない生産だ。このクルマが人気をよぶかどうか、それは日本の自動車ユーザーがCO2にどれくらい関心を持っているかのバロメーターになる。東京モーターショーでは、ゲートを入ってまず真っ先にいくべきところは、このプリウスのブースであろう」(『週刊プレイボーイ』1997年11月11日号)

 当時のHVは、まだ市場にとって未知の存在だった。だが、プリウスは新しい時代の象徴として、若者層にも強いインパクトを与えた。『週刊プレイボーイ』をはじめとする複数の若年層向け雑誌が、こぞってプリウスを取り上げ、先進的な選択としての購入を呼びかけていた。温暖化対策とテクノロジーの融合が、

「未来を買う」

という価値観に結びついた瞬間だった。

全てのコメントを見る