駅ビルはいつから「おしゃれ」になったのか?――若者文化と高級ブランドが導いた商業空間の変貌
駅ビルが“ただの通過点”だった時代は終わった──。1989年の国分寺エル開業を皮切りに、JRは商業施設の直営化とデザイン刷新を本格化。吹き抜け空間や高級ブランドを導入し、駅周辺の人流・文化・消費行動を大きく変えていった。その進化の起点と経済的インパクトを辿る。
学生街に高級15店進出の衝撃現実

一方、国分寺エルには丸井の得意分野であるDCブランドやインポートファッションが集結していた。なかにはディオールやサンローランといった高級ブランドも名を連ね、ひなびた学生街に突如としてハイブランドが現れる構図となった。
それまで新宿まで足を運ばなければ買えなかった商品が、地元で手に入るようになった。この変化は、駅ビルに対する地域住民の期待値を大きく塗り替える転機となった。
その流れを受け、JRが次に手がけたのが、1990(平成2)年9月に開業した「アトレ四谷」である。ここは、首都圏におけるJRターミナル駅の新しい顔となる「アトレ」ブランドの1号店だった。
開発主体は、JR東日本とその100%子会社である東京圏駅ビル開発(現・アトレ)。アトレ四谷は、JR東日本グループが初めて直営で展開した駅ビル商業施設である。
店舗面積は約1600平方メートル。テナント数は15と規模は控えめだったが、東京の都市生活者に与えたインパクトは極めて大きかった。従来の駅ビルには、国鉄時代から続く武骨な印象が色濃く残っていたからだ。