成田エクスプレスは開業当初、千葉県内を「全駅スルー」していた!
成田エクスプレスは1991年の運行開始以来、東京と成田空港を高速で結ぶ空港アクセス列車として機能してきた。しかし千葉駅の特急激減に地域から強い反発が起こり、1992年以降徐々に停車本数が増加。2010年代以降は羽田空港の国際線拡大や格安バスの台頭により競争が激化。成田エクスプレスは空港利用だけでなく沿線住民の移動需要にも対応し、役割転換を迫られている。
羽田国際線増加と成田競争激化

交通手段が多様化するなか、2010年代から羽田空港の国際線の路線数と利用者数は大きく増えている。これにより、成田空港と羽田空港の間の競争は非常に激しくなった。
羽田空港の国際線の強化は、成田空港の役割に直接影響を与え、空港へのアクセス方法の需要が分かれ、利用者の選択肢も増えた。そのため、成田空港を使う旅行者は、単に便利さだけでなく、費用や所要時間、サービスの快適さなど、さまざまな要素を考えて交通手段を選ぶようになった。
こうした状況のなかで、訪日外国人向けの乗り放題きっぷ「ジャパン・レール・パス」は、成田エクスプレスに追加料金なしで乗れるため、多くの旅行者に支持されている。特に、いくつかの場所を移動する外国人旅行者には合理的な選択肢となっている。
しかし、この利点が成田エクスプレスの一般の利用者を増やすことにはつながっていない。価格が安いバスやほかの鉄道サービスの増加で、成田エクスプレスは幅広い利用者に対して十分な競争力を持ちにくくなっている。
このような背景から、成田エクスプレスは空港アクセスに限定された役割をやめて、沿線の地域住民の移動にも対応する方向に変わっている。途中駅に停まる本数が増え、通勤や通学での利用を促進している。
今後は、空港アクセスと地域の移動の両方に対応しながら、変わる市場に適応していく必要がある。この変化は、成田エクスプレスの役割や収益の仕組みを見直す大きな機会になるため、今後の動きをよく見る必要がある。