東京の地下鉄が「クネクネ曲がっている」根本理由――都市の隙間を縫う100年の歴史とは
曲がる東京の地下鉄──それは都市の「失われた設計図」をなぞる軌跡でもある。直線的な大阪と対照的に、東京では複雑な地権構造や経済合理性が線形をゆがめた。地下42mに達する駅、建設に20年を要した路線も。制度改革を経てもなお、都市構造の影が交通投資を制約している。
公道優先が招いた地底迷路

東京の街は江戸時代からの道がそのまま現代に引き継がれ、江戸城を中心とする放射状の道と曲線的な街区が複雑に混在している。
これら既存の地上都市を掘り返さずに地下鉄を敷設するには、土地所有者との交渉、地下使用権の調整といった課題が立ちはだかる。特に民間所有地の下を通すには、多額の補償が必要になることもある。そのため、路線は国道や都道といった公共の管理下にある道路の直下を通すことが優先されてきた。
しかし、東京の道路そのものが直線ではない。江戸城を中心に形成された環状道路と放射線道路の配置に従って、地下鉄も同じように曲がることになる。地上の自由度のなさが、地下にも影響を与えているのだ。
この設計方針の典型が、都営大江戸線である。1972(昭和47)年に計画され、最終的に2000(平成12)年に全線開通したこの路線は、可能な限り公道の下を通すことで、個別の地権者との交渉を避けた。だがその結果、ルートは極めて複雑となり、半円を描くような環状線が出来上がった。
六本木や新宿といった高密度なエリアを通す必要もあり、地下深くを掘ることになった。地上と干渉を避けた結果、六本木駅は地下42m、汐留駅は地下40mに達し、利用者の移動負担も増すことになった。