「昔の自動車CM」はなぜ消費者の心を掴んだのか? 「ケンメリ」から「タント」まで! データで見る消費行動の変遷とは

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高度成長とともに街を駆け抜けた名車たちは、テレビCMを通じて時代の空気を映し出した。視聴率30%超のゴールデンタイムに流れた映像は、年齢も性別も越えて国民に自動車への憧れを刷り込んだ。だが、2020年代のテレビは、企業不祥事と業績不振のニュースばかりだ。かつての熱狂は、どこへ消えたのか――。

1970年代~90年代 自動車CM黄金期

自動車保有台数トレンドと主な自動車テレビCM。自動車保有台数/(一財)自動車検査登録情報協会(画像:中村圭)
自動車保有台数トレンドと主な自動車テレビCM。自動車保有台数/(一財)自動車検査登録情報協会(画像:中村圭)

 1972(昭和47)年、自動車テレビCMの金字塔といえる作品が登場した。日産・スカイライン(ケンメリ)の「ケンとメリーのスカイライン」である。若い美男美女のカップルが四季折々の自然のなかでたわむれるロマンチックな映像だ。抜け感のあるBGM「いつだって~、どこにだって~」と相まって、幅広い層から絶大な人気を集めた。CMに登場した大きなポプラの木は「ケンとメリーの木」と呼ばれ、北海道美瑛町の観光スポットとなっている。

 ドライブは若者の定番デートになり、男性の車が交際の判断基準のひとつになる女性も現れた。幅広い層が自動車に興味を持っていたといえる。当時、日本車を代表する名車が次々に登場し、テレビCMも熱を帯びていた。1979年、トヨタ・セリカ(2代目)は「名ばかりのGTは道を開ける」とCMで挑発した。それに対し、数々の賞を受賞したスカイライン(ジャパン)は「今、スカイラインを追うものは誰か」と返している。

 経済成長を続ける1980年代は、話題のCMが相次いだ。異彩を放ったのが1981年のホンダ・シティだ。マッドネスの「ホンダ ホンダ ホンダ ホンダ」と連呼するBGMとむかでウォークの流行が印象的だった。また、1985年のいすゞ・ジェミニ「街の遊撃手」ではパリの街並みをジェミニ2台がダンスのように走る映像が驚きを呼んだ。CGや合成ではなく、007シリーズを担当したフランスのスタントチームの技術によるものである。

 この頃、多くの人が自動車メーカーのテレビCMに強い共感と関心を示した。単なる大企業というだけでなく、自動車産業に携わりたいという熱意ある若者も多かった。1988年の日産・セフィーロでは井上陽水がウィンドウ越しに「みなさんお元気ですか?」と語りかけるCMが話題になった。糸井重里の「くうねるあそぶ」のコピーも時代の空気にマッチしている。日本は経済大国に躍進し、国民が豊かさを享受していた時代であった。

 1980年代後半から1990年代初頭のバブル期には、各社がハリウッドスターを起用したCMを増やした。ホンダ・インテグラのマイケル・J・フォックス、日野・レンジャーのダイアン・レイン、トヨタ・セリカのエディ・マーフィ、スバル・レガシィのブルース・ウィリス、ホンダ・レジェンドのハリソン・フォードと豪華な顔ぶれである。この時期は日本経済とともに、自動車テレビCMの絶頂期ともいえるだろう。

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