「走るな」「車道に出ろ」…じゃあ、自転車はどこを走ればいいのか? 30代女性死亡事故があぶり出した道路設計の致命的欠陥とは
自転車はどこを走れば安全なのか――。滋賀県で発生した死亡事故が浮き彫りにしたのは、制度と現実の危険な乖離だ。車道走行原則を掲げながら、インフラ整備は後手に回る。社会的損失1億円超とされる重大事故が示すのは、今こそ制度より構造に手を入れるべきという警鐘である。
自転車回避が事故誘発

もちろん、自転車が歩道を猛スピードで走行する危険性は否定できない。しかし、歩行者と自転車、自転車と自動車のどちらの接触が致命傷を招きやすいかを考えれば、リスクの優先順位は明白である。
にもかかわらず、「車道を走れ」という方針だけが先行している。肝心の都市インフラ整備は追いついていない。自転車専用インフラへの投資は後回しにされ、ルールを守れば安全という空虚な神話だけが独り歩きしている。
この構造が生む最大の矛盾は、事故の責任が運転者か被害者のいずれかに押し付けられる点にある。実際、今回の事故でもドライバーに対して「予見運転ができなかったのか」との批判が出た。一方、自転車側には「車道に倒れたのが悪い」といったコメントが散見された。
だが、そもそも設計や政策の欠陥が前提にある状況で、予見やマナーに責任を委ねるのは不条理に過ぎる。
ネット上のコメントを見れば、自転車を日常的に利用する保護者や通勤者が「走る場所がない」と訴えている。たとえば電動自転車で子どもを送迎する保護者は、40kgを超える車体を押して歩道を進むことが現実的でないという。
歩道の幅が1メートルに満たない場所では徐行しても「歩くな」と怒鳴られる。狭い車道に出れば、大型車がスレスレで通り過ぎる。こうした恐怖が日常となっている。恐怖はドライバー側にもある。
「自転車がいつ倒れるかわからない」
「轢いたら人生が終わる」
こうした心理的負担は、安全運転を促すどころか、防衛的な萎縮を生み、かえって事故を誘発する可能性がある。
自転車を避けようとして車が膨らみ、対向車と接触するケースもある。自転車が転倒して車道に落ちる瞬間に事故が起きる状況も、決して絵空事ではない。