「1万円払って」「ナンバー控えた」でSNS炎上! 大阪のドラッグストア「共用駐車場」が招いた誤爆トラブル、なぜ起きた? その裏にあった常識ズレの正体とは

キーワード :
, , ,
郊外型商業施設の共用駐車場を巡る騒動がSNSで炎上。隣接するラーメン店とドラッグストア間の駐車場運営の曖昧さが原因とされ、空間の共有に伴う現代的課題が浮き彫りに。無秩序な共有がもたらす問題点を解説し、業界の対応が求められる。

「境界線」が意味を失う社会

駐車場のイメージ(画像:写真AC)
駐車場のイメージ(画像:写真AC)

 駐車場というのは、土地の物理的制約だけでなく、

・消費者行動
・テナントの経済合理性
・法制度
・近隣関係

など、複数の要素が交錯する交差点のような存在だ。一方で、モールやショッピングセンターなどの開発では、もはや駐車場は施設全体の共有財として設計されることが主流だ。どの店で何を買っても、駐車券にスタンプをもらえば無料となるように、商業空間そのものが総体として運営されている。

 今回のように、ラーメン店とドラッグストアが別々の事業体でありながら物理的に隣接し、個別ではなく集合的な空間を共有するスタイルが増えているにもかかわらず、運用は旧来的な“区画主義”から脱しきれていない。つまり、現実の都市空間がグラデーション化しているのに対し、制度設計や現場対応は「白黒」を求めてしまっている。そこにこそ、今回の問題の本質があるのだ。

 現場の従業員は、

「店の前に停めた車 = わが店の客」

と考える。これはある意味、素朴な忠誠心から来るものであり、個人の責任を問うことは容易だ。しかし、その思考は誰が植え付けたものかといえば、企業のマニュアルであり、教育であり、現場での空気だろう。

 このような現場の正義と全体最適のズレは、近年のフードデリバリー業界でも見られる。

・フードデリバリー配達員が商業施設前にバイクを停めて注意された
・シェアサイクルが私有地に放置されてトラブルになった

いずれも、誰の空間かが不明確なまま、社会全体が共用に向かっている兆候だ。

全てのコメントを見る