大河ドラマ「べらぼう」で吉原が観光地化? 遊女、娼婦、芸者…「美化された歴史」の裏で聞こえる骨肉の叫び、「脱色」観光の危険性を考える
「地域の誇り」と遊郭の現実

この流れのなかで注目すべきは、遊郭に関する書籍を専門に扱う出版社「カストリ出版」の経営者である渡辺豪氏の研究である。渡辺氏は遊郭に関連する貴重な資料の発掘と復刻に精力的に取り組んでおり、1950年代の全国の赤線(売春を目的とする特殊飲食店街)の様子を収めた『全国女性街ガイド』など、国会図書館にも所蔵がない希少資料を復刻してきた。また、2016年からは吉原にカストリ書房を開店し、注目を集めている。
一見、サブカルチャー的な専門出版社のように思われるかもしれないが、渡辺氏の研究は単なる資料の復刻にとどまらず、独自の歴史調査やフィールドワークに基づいたものだ。渡辺氏は遊郭の歴史と現代の観光開発の関係についても深く掘り下げており、その一例が佐渡金山の遊女に関する研究である。
渡辺氏がnoteで公開した「佐渡金山の遊女墓/(2022/10/3)取材記/新潟県相川町(佐渡ヶ島)」では、1771(明和8)年に没した遊女ヲカルの墓を訪れ、地元の郷土史家・磯部欣三氏の調査に基づき、過去帳に記されている死因「抱主ニギャクタイサレ」を明らかにしている。
この取材記のなかで、渡辺氏は「余談」として佐渡金山の世界遺産登録に関する考察を加えている。渡辺氏は、佐渡市文化財保護審議会の議事録を引用し、ある地元有識者が
「佐渡を世界遺産にというと花街のことはダメだという雰囲気があるかもしれませんが、金銀山に関する博物館が仮にできたとすると展示物としては非常に見物だな」
という発言に着目している。この発言から渡辺氏は「見せ物」というニュアンスを感じ取り、
「地元の誉れたる世界遺産に含めるには相応しくない」
という意識が働いていると分析する。このことは地域社会における遊廓に対する視線を象徴しており、観光開発において都合の良い部分だけを切り取ろうとする姿勢が見て取れる。
吉原は現在も多くの風俗店が集積する性風俗産業の中心地として機能している。この現状を抱える地域を、単純に「江戸文化の発信地」として
「脱色・脱臭」
し、一般的な観光地に転換することが果たして可能か、または適切かという根本的な問題が存在する。
渡辺氏の佐渡金山の研究が示唆するように、観光開発においては「地元の誉れ」として歴史を美化する傾向が見られるが、吉原の場合はさらに複雑である。過去の遊郭の歴史を消費しつつ、現在の風俗産業との距離を置くという矛盾した態度が、真の歴史理解を妨げる可能性がある。