駅弁の魂は失われた? もはや「東京駅で買えるものばかり」 滋賀・老舗弁当屋の撤退が示す食文化の娯楽化とは?
井筒屋の駅弁事業撤退が示す、日本の駅弁文化の変容。地域性や伝統が重視されていた駅弁が、利便性追求の商業化や工業製品化により、次第にその存在感を失いつつある。従来の駅弁業者が撤退を余儀なくされる背景を探り、地域文化を守るための新たな取り組みが求められている。駅弁の未来と地域性の再考が、今後のカギを握る。
地域特化から全国展開

しかし、この生存戦略にも条件があった。それは十分な人口と駅利用者数という「市場」の存在だ。
例えば、前述の折尾駅で伝統的な立ち売りを続ける東筑軒も、観光資源として注目されているものの、立ち売りだけで収益を確保できているとは思えない。むしろ、同社の駅での収入の多くは各駅の店舗であろう。筆者もたびたび訪れているが、九州では資さんうどんと並ぶ美味さである。
このように、従来型の駅弁販売からの脱却は、それぞれの駅の立地条件や市場環境に応じて、異なる形で模索されていった。特に利用者の限られた地方駅の駅弁業者たちは、商業施設や催事での販売に活路を見出していく。その代表的な存在が、京王百貨店新宿店で毎年開催される
「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」
だ。1966(昭和41)年に始まったこのイベントは、当初わずか30種類ほどだった駅弁が、現在では300種類を超える日本最大の駅弁催事へと成長。多くの駅弁業者にとって、全国展開への足がかりとなっている。
こうした駅利用者以外をターゲットにした戦略において、群馬県の信越本線・横川駅の荻野屋は、成功を収めた好例だ。同社の看板商品「峠の釜めし」は、かつて碓氷峠越え列車の停車駅として賑わった横川駅の名物として知られていた。
しかし1997(平成9)年の信越本線横川~軽井沢間廃止により、駅での販売に頼れなくなった荻野屋は業態転換を余儀なくされた。今でも、横川駅には店舗があるものの、メインは催事出店や、商業施設での販売・出店である。なによりも、日本橋高島屋にも店舗があることは興味深い。