駅弁の魂は失われた? もはや「東京駅で買えるものばかり」 滋賀・老舗弁当屋の撤退が示す食文化の娯楽化とは?

キーワード :
, ,
井筒屋の駅弁事業撤退が示す、日本の駅弁文化の変容。地域性や伝統が重視されていた駅弁が、利便性追求の商業化や工業製品化により、次第にその存在感を失いつつある。従来の駅弁業者が撤退を余儀なくされる背景を探り、地域文化を守るための新たな取り組みが求められている。駅弁の未来と地域性の再考が、今後のカギを握る。

駅構内がショッピングモール化

駅弁(画像:写真AC)
駅弁(画像:写真AC)

 駅弁の競争力が低下するなか、JRの民営化が追い打ちをかけた。

 JR各社は駅という利便性の高い場所を商業施設として最大限に活用し、駅構内の商業化を進めた。この動きは1990年代から始まり、2000年代に入るとさらに加速した。結果、駅構内の空きスペースや連絡通路には新たな店舗が次々と開設され、駅は単なる交通拠点からショッピングモールのような商業空間へと変わりつつある。

 東京駅の例では、「駅弁屋 祭」に全国各地の駅弁が揃う一方で、「今半」のような老舗料理店の支店も並び、多様な軽食店が出店している。選択肢が広がったことで、従来の

「駅で弁当を買うなら駅弁(定番は幕の内)」

という単純な図式は崩れ去っている。地方の主要駅でも同様の動きが広がっている。筆者(昼間たかし、ルポライター)も北海道でその実態を体験した。

 札幌から稚内まで特急宗谷に乗車中、旭川駅で駅弁を探そうとしたが、ホームにはセブン-イレブンの自動販売機しか見当たらなかった。駅弁売り場は改札外にあることを知り、特急停車時間では間に合わず、駅の商業施設化が本来の顧客である乗り換え客や長距離列車利用者を置き去りにしている現実を実感した。後から鉄道ファンに聞いたところ「車内で電話するとホームまで来てくれる」そうだ。

 かつては各地に存在した駅弁売り場も、現在ではJR鹿児島本線の折尾駅や、今回撤退を決めた井筒屋など一部にしか残されていない。

全てのコメントを見る