駅弁の魂は失われた? もはや「東京駅で買えるものばかり」 滋賀・老舗弁当屋の撤退が示す食文化の娯楽化とは?

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井筒屋の駅弁事業撤退が示す、日本の駅弁文化の変容。地域性や伝統が重視されていた駅弁が、利便性追求の商業化や工業製品化により、次第にその存在感を失いつつある。従来の駅弁業者が撤退を余儀なくされる背景を探り、地域文化を守るための新たな取り組みが求められている。駅弁の未来と地域性の再考が、今後のカギを握る。

多様化で生き残る駅弁店

駅弁(画像:写真AC)
駅弁(画像:写真AC)

 駅弁産業は以前から衰退の道を歩んでいたが、業界としてはただ立ち尽くしているわけではなかった。特に1990年代、コンビニエンスストアとの競争が激化するなかで、駅弁業界は従来の経営モデルから脱却を図り始めた。その代表的な取り組みが、駅構内店舗の大胆な業態転換である。この時期の駅弁業界で特に注目されたのが、

・通勤客へのターゲット変更
・仕出しの強化

であった。例えば、大手駅弁事業者「日本食堂」(現在はJR東日本クロスステーションに吸収合併)は1994(平成6)年6月に仙台駅構内の「あ文字や」を大胆に業態転換し、弁当のほか、文房具や雑貨を取り扱う100円ショップ付き店舗に変更している。また、この時に同駅のハンバーガーショップもベーカリーストアに変更し、新たな客層の開拓を試みた。

 JR九州管内では、「にっしょく九州」が異なるアプローチを試みた。主要駅の駅弁店をおにぎり専門店として再出発させる一方で、企業向けの仕出し(ケータリングサービス)にも参入し、多角化戦略で業績を回復させることに成功している。

 千葉駅の「万葉軒」では、観光地ではない立地を逆手に取り、早くから通勤客や法人向けの仕出し事業に転換を進めていた。1992年時点で既に売上の6割を仕出し事業が占めており、日本食堂のような大手企業が消えていくなか、地場の中小企業である万葉軒が今なお健在である事実は、この戦略の有効性を証明している。

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