野球の「リリーフカー」は本当に必要? プロ野球セパ12球団を徹底検証、知られざる歴史と意外な現状をご存じか

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リリーフカーは単なる移動手段ではなく、試合の演出や観客体験において重要な役割を果たしている。その復活や新しいデザインの導入は、時代の流れや球団の方針によって変わることがあり、今後も注目されるポイントだ。

巨人、ヤクルト、中日との接点

 次に読売ジャイアンツ、東京ヤクルトスワローズ、中日ドラゴンズについて説明する。

●読売ジャイアンツ「本塁打世界記録の王貞治も運んだ
 巨人が長らく本拠地としていた後楽園球場では、1970年代前半にリリーフカーが登場。ホンダ・シビックをベースにしたオープンカーが使用されていたとされる。そして、1976(昭和51)年に日本のスタジアムで初めて人工芝が導入されると、日産丸紅製のゴルフ用カートが使用されるようになった。通常、リリーフカーは投手が乗るものだが、1977年9月3日に王貞治がハンク・アーロンの本塁打世界記録を抜いた際には、堀内恒夫が運転するこのリリーフカーに乗ってグラウンドを一周しファンの声援に応えた。その後、1979年から1987年まで使用されたスバル製のリリーフカーは、フロントが野球ボール、リアが野球帽をかたどったエンターテインメント性の高いデザインだった。しかし、1988年に開場された日本初のドーム球場である東京ドームでは、ブルペンがベンチのすぐ後ろに配置されたため、リリーフカーの出番はなくなった。

●東京ヤクルトスワローズ「新球場ではどうなるか?
 東京ヤクルトは、国鉄スワローズ時代から一貫して明治神宮野球場を本拠地としている。この球場ではリリーフカーが使用されたことがなく、ヤクルト在籍時に通算286セーブを記録した高津臣吾がリリーフカーに乗って登場する場面はなかった。これは、ブルペンが外野側のファウルゾーンに設置されており、リリーフ投手がすぐにマウンドに出られるように配置されているためである。ただし、現在神宮野球場は改築計画が進んでおり、新球場の細部がどのように変わるかについては2024年8月現在未発表である。つまり、新球場でリリーフカーが導入される可能性はゼロではない。

●中日ドラゴンズ「リリーフカー使用歴ナシ
 日本プロ野球史上最多の通算407セーブを記録した岩瀬仁紀は、本拠地でリリーフカーに乗ることがなかった。1997(平成9)年から中日の本拠地となったナゴヤドーム(バンテリンドーム ナゴヤ)では、リリーフカーが使用されていないからである。もともと中日はリリーフカーと縁がない球団であり、以前の本拠地である中日スタヂアムやナゴヤ球場でも未使用だ。また、中日スタヂアムが建設中だった1948年に限り後楽園球場を本拠地としたことがあったが、当時リリーフカーは導入されていなかった。

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