武蔵小金井駅の「武蔵」とは何か? なぜ「武蔵」が付いたのか、全部で21駅「武蔵駅名」の謎に迫る
関東地方には「武蔵」の名を冠した駅が合計21もある。東京が最も多く11駅、次いで埼玉と神奈川が5駅ずつだ。なぜこんなに多いのか。
多様な意見集約
ともあれ、この記事では寄せられた案のうち第6駅の駅名案の内訳は次のように報じてられている。
・新浦和:12人
・大里:5人
・武蔵浦和:4人
・田島、浦和白幡、浦和沼影:各ふたり
・本浦和、中浦和、下浦和、東田島、別所台:各ひとり
記事では、そのほか、浦和青年会議所から「さくらそうヶ丘」「さくらそう浦和」「文教中央」という案も出されたことも記されている。
最終的に応募数は70通ほどになり、浦和市は意見の多かった4案を候補とした。『埼玉新聞』1985(昭和60)年3月15日付の記事「通勤新線第6、第7駅の駅名 「武蔵浦和」と「新浦和」に 浦和市、国鉄に要望へ」によれば、第6駅の駅名案の票数は次のとおりだった。
・新浦和:31人
・浦和中央:5人
・武蔵浦和:5人
・大里:5人
これに対して、文化団体などが組織する「駅名要望検討会」は第6駅を武蔵浦和、第7駅を新浦和にすることで一致したと、この記事は報じている。第6駅が武蔵浦和駅とされた理由は、
・浦和周辺には「武蔵野」のイメージがある
・市内の武蔵野線に武蔵の名を持つ駅がない
ことだった。
第6駅の名称は少数意見だった武蔵浦和になり、第6駅でも最多の意見だった新浦和は、第7駅の名称にスライドしたのである。これは市民にも驚きだったようだ。『埼玉新聞』1985年3月15日付の記事「反射鏡 通勤新線 駅名出そろう 予想外の「武蔵浦和」も」では
「第6駅については、武蔵野線各駅名との整合性から「新浦和」が有力とみられていた」
とも記している。なぜ、検討会が武蔵浦和を採用したのか、第7駅は新浦和で提案されていたに、最終的に中浦和で落ち着いたのかは、その詳細は資料が残っていないため明らかではない(今後、明らかになることを期待している)。