怪紳士も登場 「東急池上線」誕生の秘史から見る、鉄道ビジネスのダイナミズム
怪紳士の登場

沿線の開発プランも含めて計画を進めていた目黒蒲田電鉄に対して、池上電気鉄道はかなり奇妙な会社だった。
当時は全国で鉄道建設ブームが起こり、多くの事業家がかなり曖昧な計画のまま鉄道建設の免許を取得していた。池上電気鉄道もそのひとつで、沿線開発によって利潤をあげることよりも、計画をネタに資金を集める投機目的の会社だった。そんなことから、会社設立で免許を得たものの、計画は一向に進まなかった。
そこに現れたのが、衆議院議員の高柳淳之助だった。高柳はかなりの怪紳士で、1920(大正9)年の衆議院議員選挙で初当選し、議員の肩書を手に入れているが、それも個人的な利益を得るためだったといわれている。
国会図書館(千代田区)には彼の著書が所蔵されているが、そのタイトルは
・地方必適金もうけ案内
・金をふやす法:致富秘訣(ひけつ)
・借金整理法
・金銭利殖法の極意
と、ある意味でわかりやすい。
当時からその怪しさは話題になっており、同じく国会図書館に所蔵されている『暗黒面の社会 : 百鬼横行』には「稀代の吸血漢高柳淳之助」という項目があり、さらには『疑問の高柳淳之助』という批判本まで出版されている。そんな高柳が池上電気鉄道に手を伸ばしたのは、投資家から資金を集めるためだった。
その実態は現代でも研究対象になっており、経営学者・小川功の「虚業家高柳淳之助による似非(えせ)・企業再生ファンドの挫折:ハイ・リスクの池上電気鉄道への大衆資金誘導システムを中心に」(『滋賀大学経済学部研究年報』11号)では、高柳の手口を詳しく解説している。
それによると、高柳は一部の路線を開業させることで、池上電気鉄道が実際に鉄道事業を行っている体裁を整えた。その上で事情に明るくない地方の資産家から投資を集め、同時にトンネル会社をつくって蓄財に励んでいたのだ。
だが手口があまりに露骨だったこともあり、1925年には逮捕され、池上電気鉄道の役員を退いている。