いまや激レア? スーパーカーのドアをまとったトヨタ「セラ」という異例の量産車【連載】90’s ノスタルジア・オン・ホイールズ(11)

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1990年代は、バブル崩壊後も未来への夢と希望に満ち、国内の自動車産業も活況を呈していた。本連載では、当時のクルマ文化を探るとともに、興奮を読者に甦らせる。

量産車で映えた斬新デザイン

ポルシェ906(画像:ステファン・ヘネシー)
ポルシェ906(画像:ステファン・ヘネシー)

 1960年代半ばから、主にシャシーの構造上、通常のドアを装備することが難しかったスポーツプロトタイプレースカーに、ガルウイングドアが広く採用されるようになった。筆者(矢吹明紀、フリーランスモータージャーナリスト)が初めてその存在を知ったのは、1966(昭和41)年のポルシェ906だった。

 そうした、ある意味特別なクルマのためのデザインだったドアを、どちらかというとローコストがウリだった量産コンパクトカーに採用する。いくらバブル全盛期の勢いがあったとはいえ、トヨタとしても相当に思い切った措置だったことは間違いない。

 ちなみに、取材を通じて何度もセラに乗ったことがあるが、ドアの開閉に関しては、閉めるときにそれなりの力が必要で、狭い場所ではドアの開いた端がどこに行くのか、いつも気をつけなければならなかった。

 セラの特徴的なドアの構造は、メインのヒンジはドア開口部の前方にセット。そこを支点に前方上側に開く構造だった。ただそれだけではガラス部分の支えが不十分だったことから、上端前方をウインドシールド上部にも結合していた。すなわち、ガルウイングというよりは、あたかも

「昆虫の羽」

のように前上方に開くデザインとなっていた。そのため、バタフライウイングドアと呼ばれる場合もあった。

 なおこのメインのヒンジを前方に、さらに上部に補助ヒンジを設けるというデザインの採用例としては、1967年に登場したアルファロメオのスポーツカーであるティーポ33ストラダーレ(33/2ストラダーレ)があった。こちらは生産台数わずか18台の激レアスポーツカーであり、それがトヨタの量産モデルと同じだったということを考えると、セラの特殊性がよく理解できる。

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