「商船への攻撃」紅海で激化 フーシ派の脅威と世界的“物流危機”の拡大とは
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フーシ派の起源

フーシ派の正式な呼称は「アンサール・アッラー」で「フーシ」「フーシ派」は敵対勢力が蔑称として用いている。イスラーム教シーア派の分派であるザイド派を中心として、1990年代にイエメン北部で成立した。
フーシ派という呼称は、最初の指導者であるフセイン・バドルッディーン・フーシに由来する。フセインは2004年にイエメンの治安当局によって殺害されたが、それ以降は異母弟であるアブドルマリク・アル・フーシが指導者となり現在に至っている。
イエメンやサウジアラビアの政府軍と交戦を繰り返していたフーシ派が存在感を高めたのは、2011年以降である。この年、イエメンでは「アラブの春」の影響を受け、独裁者であったアリー・アブドッラー・サーレハ大統領の打倒を目指す反政府運動が激化した。これに対して、サーレハは、当時副大統領であったアブド・ラッボ・マンスール・ハーディーに大統領職を移譲、反政府運動は沈静化するかと思われた。
ところが、復権を狙うサーレハは、これまで弾圧していたフーシ派と結びハーディーに対抗、ここに内戦が発生したのである。その後、2015年にフーシ派は首都・サヌアを掌握するが、ハーディーは南部の港湾都市・アデンを拠点として政権を維持した。
これ以降、フーシ派はイランの支援を受け北部の実効支配を確立。対するハーディーは、サウジアラビアの支援で南部に「暫定政府」を宣言した。さらに、内戦の混乱に乗じて、アラビア半島のアルカーイダ(AQAP)傘下の「アンサール・アル・シャリーア」やアラブ首長国連邦の支援を受ける「南部暫定評議会」といった勢力も登場、2017年にはフーシ派との手切れを図ったサーレハが殺害される事件も発生したり、内戦は複雑化を極めている。
状況が大きく変わったのは、2023年10月だ。10月7日にイスラエルがパレスチナのガザ地区への攻撃を開始すると、フーシ派は同じくイランの支援を受けるハマス支持を表明、イスラエルに対してドローンを用いた攻撃を行うと共に、紅海を航行するイスラエルに関係する船舶に対する攻撃を開始したのである。