ドラレコが普及しても、「当たり屋」犯罪がなくならない根本理由
走行中の自動車などに故意にぶつかり、賠償金や治療費をせしめる「当たり屋」。ドライブレコーダーが普及した現在でも、その犯行は後を絶たない。今回は、自動車の普及の陰で拡大したこの犯罪の歴史に迫る。
生活手段としての「当たり屋」

この事件は、警察当局が当たり屋犯罪の深刻さを認識する契機となった。専門誌『捜査研究』1972(昭和47)年8月号に掲載された「交通事故を喰い物にする犯罪者たち」という記事では、警視庁交通局交通指導課の人間が、それまでの現状をこう述べている。
「われわれ交通警察に対しても、そのほとんどが一般交通事故として処理されており、一部ではあるが、当たり屋側を被害者として、実際の被害者を被疑者として刑事、行政処分の手続きを完了していた事件もあり、交通事故をめぐる故意犯捜査への取組の素材を提供したのも、この事件であった」
ドライブレコーダーが普及していなかった当時は、かなりの数の当たり屋が見逃されていたのが現実だった。
この記事では、
・歩行者の少ない地域を走行する自動車を狙った集団による犯罪が多かった
・暴力団が生活の糧としてこうした犯罪に関与しているケースが多かった
ことが記されている。さらに記事では、摘発された犯人が警察に出頭すると、「お前ら、そこで早く示談をつけてこい」と急がせる署がかなりあるという証言を取り上げ、事故処理の際に「常に作り出された事故ではないか」を問うことの重要性を指摘している。
この後、警察の捜査能力も向上した。また、軽微な事故であっても、その場で当事者間で示談せずに通報する必要性がドライバーに認識されるようになった。加えて、各種保険制度の整備や事故対応のシステム化により、1970年代以降、古典的な手口による当たり屋は減少したが、その中身は巧妙化していった。