日本の貨物航空会社はなぜ失敗するのか? 佐川急便G「ギャラクシーエアラインズ」の記憶、モーダルシフト推進で再考する
佐川急便の航空貨物参入

相次ぐ失敗によって、貨物航空会社は
「米国のような広い国土でこそ可能なものであり、国土の狭い日本では成り立たない」
という見解が共有されるようになった。
そんな航空業界の厳しい状況のなか、新たに挑戦したのが、佐川急便グループのギャラクシーエアラインズである。同社には、日本航空インターナショナルをはじめとする複数の企業が出資し、2006(平成18)年10月に自社保有のエアバスA300B4-622R機を用い、羽田~北九州線、羽田~那覇線の運航を開始した。
ギャラクシーエアラインズの市場参入は、
「2000年代の航空貨物需要増」
によるものだった。
同社設立の背景にANAの深夜貨物便成功事例があった。ANAの深夜貨物便は、日中は旅客輸送に充てられるB777-300型機を夜間は貨物輸送に利用する形で始められたものだ。1便あたり最大25tと決して多くはないが、新規の投資が不要でコストが抑えられ十分に利益を得られた。特にヤマト運輸がこれを利用した「超速宅急便」サービスが人気を得たことで、利用率は平均で90%に達した(専門誌『AIRREVIEW』2007年4月号)。
ANAは2004年7月に羽田~佐賀間でも深夜貨物便を開始した。佐賀空港が選ばれたのは、深夜発着が許可されており、鳥栖(とす)インターチェンジに近接していて高速道路網を活用できる地理的利点があったからである。
ただし、滑走路の長さに制約があるため、ANAはB767-300型機(積載量10t)を用いて1日2便の運航を行い、始動当初月400tだった荷物量は年末には862tに増加した。
この好調を受けて、ANAさらに約45tを積載可能な貨物専用のB767を導入し、中部国際~佐賀、羽田~関西国際などへの路線を拡張している。前述のオレンジカーゴはニッチを狙って失敗したが、航空貨物の需要自体は求められていたというわけである。
こうした状況でヤマトと宅配便シェアと競っていた佐川が航空機を用いた貨物輸送に参入するのは当然であった。