サンライズの奮闘は「反転攻勢の兆し」なのか? 今後にあまり期待しない“控えめ夜行列車論”を語ろう

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「日常的に乗れる存在」としての夜行列車の存在意義を、これまでの議論をおさらいしつつ、あまり期待せずに見つめる。

やむを得ず夜行に乗った時代

ウエストエクスプレス銀河(画像:写真AC)
ウエストエクスプレス銀河(画像:写真AC)

 新幹線の博多開業(1975年)前、かつ航空機が大衆化する前の昭和40年代までが夜行列車の全盛期といえよう。東海道新幹線開業前は特に、東京から九州へ行くには、特急でも急行でも、日中だけでは到達できなかった。走っているうちに夜に掛かっていた。議論の余地なく、長距離の列車は夜通し走らなければ、目的地に着かなかったのである。

 それより短い距離でも、例えば上野~青森間は在来線特急が最速の時期でも8時間半前後を要し、丸々1日つぶれてしまっていた。その時間を夜間に振り替え、寝ている間に移動も済ませる夜行列車は、

「畳の上で寝る」

という快適性を犠牲にした効率化だったわけである。

 新幹線の延伸開業と航空機の大衆化で、こうした長距離列車が実情に合わなくなってくると、1980~1990年代の鉄道系メディアなどを舞台に、今度は夜行列車の

「有効時間帯」(発車時刻が早すぎない、到着が遅すぎないなど、無理なく利用できる時間帯)

がクローズアップされた。

 かつて東京~大阪間を結んだ寝台急行「銀河」はその代表例で、新幹線と完全に並行していながら、

「最終の新幹線(航空機)よりも遅く出発し、翌朝は始発の新幹線(同)よりも早く到着する」

という運行時間帯に優位性が認められ、生き永らえたわけである。現在のサンライズも、東京~岡山間や東京~高松間などがこれに相当する。

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