鉄道は移動手段のみにあらず! 私鉄ビジネスモデルを編み出した阪急総帥「小林一三」をご存じか
2023年は、阪急総帥・小林一三の生誕150年という節目にあたる。小林は「鉄道は移動手段」という固定概念にとらわれずに独創的なアイデアを次々と考え、実現させていった。
阪急ブレーブスの誕生

再び阪急がプロ野球に参入するのは1936(昭和21)年で、これは1934年に大日本東京野球倶楽部(現:読売ジャイアンツ)が結成されてから2年後のことだった。
再結成された阪急軍は、1946年には球団名を阪急ブレーブスに定める。
阪急ブレーブスは1988年のシーズン終了後にオリエント・リース(現・オリックス)に買収されることになるが、親会社が替わってもブレーブスの愛称は1990(平成2)年まで使用された。
小林は鉄道と野球を組み合わせることでwin-winの関係を築き、新しいビジネスを創造した。