「エスカレーターで歩くな」はしょせん建前か? 利用者ほぼ“ガン無視”の現実、乗り方めぐって暴行事件も 加速する同調圧力社会の行方とは
「空気」と自己防衛の狭間

まるで、日本は無宗教でなく“空気教”の国であり、法より空気が社会を形成するという山本七平の『「空気」の研究』のようだ。コロナ禍、外であってもマスクをつける、つけない論争に似た国民性とでもいうべきか。
「屋外では季節を問わず、マスクの着用は原則不要です」と政府および厚生労働省が何度も通達しているにも関わらず、大半は外でもマスクをしている。ここでは本旨ではないため屋外におけるマスク着用の是非は問わないが、このエスカレーター問題同様、「何か言われたら」という他者の目に対する自己防衛の意味もあるのだろう。
日本エレベーター協会と各鉄道事業者では「エスカレーターのご利用について」として以下の「お願い」を呼びかけている。
●ステップの上を歩いたり、走ったりしないでください
バランスを崩したり、つまずいたりして、転送するおそれがあります。また、他の利用者に接触して転倒させたりするおそれがあります。当協会、鉄道事業者などでは、エスカレーターの歩行禁止を呼びかけています。
●追い越しは、危険です
他の利用者、荷物などと接触して、思わぬ事故を引き起こすことがあります。
●歩いたり、走ったりせずに、立ち止まって利用ください
バランスを崩して転倒したり、混雑時は他の利用者を巻き込んだりして、大きな事故を引き起こすことがあります。また、ステップに衝撃を加えると安全装置の作動によりエスカレーターが緊急停止し、利用者が転倒するおそれがあります。
●ケガをしている人、体の不自由な人のためにも、片側歩行はおやめください
●片方の移動手すりにしか、つかまることのできない方もいます
急いでいる人のための片側あけは、片方の手が不自由な場合、手すりにつかまれずに大変危険です。
しかし大半の国民は守らない現実がある。行政および事業者側の主張と利用者側との乖離(かいり)は深刻のように思う。先の外で「マスクするしない問題」、ほかにも夜間のハイビームが法令に定められているにもかかわらずトラブルを避けるために守らない、という「夜間のハイビームするしない論争」など、国の法や施設のルールより「空気を読む」「実際の現場が勝る」事例はある。ターミナル駅で大規模商業施設の警備をしていた経験のある男性警備員が語る。
「少し古い話ですが、1階のエスカレーター入り口のみに警備員を配置して「立ち止まってください」「ふたり連れの方は並んでご利用ください」といった声がけを実施しましたが、誰も言うことは聞かないどころか、店に抗議は来るし現場でもめ事が増えるだけなので中止になりました。本当に難しい問題というか、歩くのは危険というのは正しいとは思いますが、それ以上にエスカレーター上で止まる止まらない、片側を空ける空けないは正しいからどうこう、ではないように思います。よほどの悪質な行為でない限り、呼びかけのポスターだけ貼って施設側は知らんぷり、もまた現実なのです」
そうしてついにエスカレーターの歩く、歩かない問題で暴行事件にまで発展する事態となってしまった。筆者はこれを特殊な事例とは思わない。事件のあった秋葉原駅と条例を制定した埼玉県の大宮駅の他、横浜駅、品川駅などの大規模ターミナル駅や駅ビル・デパートなども現地で取材したが、小競り合いや一触即発であろう小さなトラブルは散見された。
たまたま大事に至らなかっただけで、いつ今回のような暴行事件に発展するとも限らない。立ち止まらせるために駅前デッキで1列タイプに改修したらみんな1列に歩くようになったという笑えない話もある。