桜木町駅まで一気に開業できず! 開業50年「横浜市営地下鉄」の悲喜こもごもをご存じか
桜木町駅の開業が遅れたワケ

横浜市に買収された電気鉄道は、他都市と同様に市電と呼ばれるようになる。横浜市電の最盛期は1954(昭和29)年で、営業線の総延長距離は約51.7kmにも及んだ。東京都を走った都電と比べると規模は小さいが、現在の横浜市営地下鉄の総延長距離が約53.4km。それと比較すると、かなり広大な路線網を築いていた。
現在、横浜市に路面電車は走っていない。市電が全廃した理由はいくつかある。主な理由は、高度経済成長期にマイカーが増え道路を走る市電が邪魔になったからというもの。そして、もうひとつ大きな理由が社会環境の変化で市電よりも輸送力やスピードが出せる鉄道が求められたことが挙げられる。
いずれにしても市電から地下鉄への切り替えは時代の要請でもあり、横浜市の市電は少しずつ廃止されていった。1972年3月、最後まで残っていた路線が廃止。横浜市から市電は姿を消した。
入れ替わるように、同年12月に横浜市営地下鉄の伊勢佐木長者町~上大岡間が開業する。開港時から現在に至るまで、横浜は桜木町駅・関内駅エリアが中心地として栄えてきた。伊勢佐木長者町駅から関内駅までは歩いて行ける距離だから気にならないが、桜木町駅までの徒歩はいささか厳しい。
明らかに桜木町駅まで一気に開業させた方が、利便性は高い。しかし、桜木町駅まで一気に開業できなかったのは、横浜特有の事情があった。
それまでの計画では、地下鉄を伊勢佐木長者町駅から関内駅、そして横浜駅まで延伸させるとともに、伊勢佐木長者町駅付近からは山下・本牧埠頭(ふとう)方面へと分岐させる路線が計画されていた。そうした計画があったため、当局は暫定的に伊勢佐木長者町駅まで開業させることを目指した。だから、伊勢佐木長者町駅まで暫定開業になったのだ。
地下鉄開業が目前に迫った11月、豪雨により伊勢佐木長者町駅が水没するというアクシデントが起きたものの、その天災を乗り越え、予定通りに横浜市営地下鉄は12月に開業を迎えた。
一方、伊勢佐木長者町駅付近から分岐して山下・本牧埠頭方面へと向かう路線は幻の路線となり、計画そのものが消滅している。山下町線とも呼ばれた同線が幻に終わってしまった経緯をたどると、複数の不運が重なったことが見えてくる。