非エンジニアの個人事業主が40歳を目前に「AI運転支援システム」の開発に目覚めたワケ
40歳を目前した決断

三野は日々、自分の仕事は、社会貢献につながると考えている。こうした三野の思いを受け、出資してくれる個人株主もいる。例えば、ある医師は救急病棟に運ばれる交通事故の当事者を見て、Pyrenee Driveへの期待を寄せている。
ちなみに三野本人は、エンジニアではない。生家は建築用品を扱っており、三野自身も社会人になってからものづくりの仕事に携わった。のちに独立して個人事業で「タブレット用のスタンドのようなもの」を作っていた。
40歳を目前したとき、三野氏はどんな製品を作りたいのかを自問した。
「これから残りの人生は、よりユーザーの役に立つ、より大きな意義が見いだせる製品を作りたいと感じました。突き詰めて考えたら、人が生きていくとけがも病気もせず健康に寿命を全うすることがひとつの価値で大切なことであると。その価値にフォーカスした製品を作ったらやりがいがあるだろうなと思いました」(三野氏)
ただ、自分には画期的な新薬を開発することなどはできない。それでも「命を守るような製品」を作りたいと思った。考えを巡らせているとき、あちこちで交差点に花が供えられていることに気がついた。また、自分の子どもが目を離すと駆け出してしまうことが続いていた。
「交通事故はやっぱり怖い。一番身近で解決しなきゃいけないことではないのか」
意図せぬ不注意であっても、加害者になれば犯罪者になってしまう恐ろしさがあり、だれも幸せにならないのが交通事故だ。
交通事故の原因を調べると、「見落とし」がほとんどだとわかった。それならいまのテクノロジーでなんとかなりそうだから形にしようと三野は考えた。そして事業計画を資料にまとめ、ベンチャーキャピタルなどの投資家を訪ね歩いた。まずは資金調達を行わねばならなかった。
Pyrenee Driveはその時点ではモック(試作品)だったが、それでも話を聞いて「いいアイデアだね」と出資してくれたベンチャーキャピタルが二社あり、4000万円ほどの出資が受けられた。そして最初に思ったのは「これで水野さんに入社してもらえる」ということだった。
水野さんとは現在、最高技術責任者(CTO)を務める水野剛だ。水野とは工作機械や設備のそろったコワーキングスペース「DMM.make AKIBA」で出会った。そこに行けばハードウエアやソフトウエアのエンジニアに出会えると考え、三野は足を運んでいた。
あるとき、スペースのオープン1周年パーティーが開催された。その場で初めて水野と出会い、あいさつを交わした。その場で未来のビジョンと話すと、水野は「いいね」といった。水野は会社員だったこともあり、夜間と休日をつぶして三野の仕事を手伝ってくれた。
最初の4000万円の資金が入ってきて、水野は正式にPyreneeに参加し、会社も本格的にスタートした。そして、試行錯誤しながら作り上げたPyrenee Driveが、間もなく発売されようとしている。