かつては訴訟ラッシュで廃港寸前! 大阪「伊丹空港」がいまや支持絶大なワケ

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公害問題で、かつては廃港寸前だった伊丹空港。しかし今や、関西空港よりも人気に。いったいなぜなのか。

関西で断トツ人気の伊丹空港

伊丹空港発着便は大中型機での運航も多い(画像:シカマアキ)
伊丹空港発着便は大中型機での運航も多い(画像:シカマアキ)

 大阪国際空港(伊丹空港)は、関西における基幹空港のひとつだ。実際、ANAやJALは関西国際空港(関西空港)、神戸空港、伊丹空港を関西圏の三大拠点としている。

 伊丹空港は、1994(平成6)年9月に関西空港としてスタートしたのち、規模を縮小。廃港が取りざたされた時期もあった。しかし現在、国内線のみではあるものの、飛行機の発着数も旅客利用数も国内トップクラス。大阪の中心部や京都、阪神間にも近い立地であることなどから、旅客や航空会社のなかでの「伊丹人気」も根強い。

 航空会社にとって、座席が埋まるほうが収益性は当然高い。ターミナル内の店舗やサービスの利用も増えれば全体の売り上げが増え、雇用機会も生まれる。伊丹空港が存続へシフトしたのは、空港と地元でのビジネスという側面も大きい。

騒音公害や廃港の訴訟が相次いだ過去

伊丹空港の北ターミナル出発フロア(画像:シカマアキ)
伊丹空港の北ターミナル出発フロア(画像:シカマアキ)

 伊丹空港は、1970(昭和45)年ごろから国際線が多数飛来。同時に、市街地に隣接する空港のため、旅客機の騒音や排ガスなどの公害問題が発生した。地元住民から

・夜間飛行の禁止
・大阪国際空港の廃止

などを求める訴訟も相次いだ。

 空港がある伊丹市は1973年、「大阪国際空港撤去都市宣言」を掲げた。一方、国は航空機の機材、発着数、滑走路の運用時間の制限(門限、カーフュー)などを次々と設定。さらに、伊丹空港の廃港も視野に入れ、新たな空港の整備を進めた。

 その後、訴訟は次々と和解。航空機の低騒音化、空港の防音設備の整備などが進められた結果、地元の反発も沈静化した。

 1990(平成2)年12月には、国(運輸省)と近隣自治体で構成する協議会の間で「大阪国際空港の存続及び今後の同空港の運用等に関する協定」が締結された。そして関西空港開港後には、国内線専用空港として存続する方針となった。

 その流れに沿うように、協議会も大阪国際空港“騒音対策”協議会から大阪国際空港“周辺都市対策”協議会に名称を変更。伊丹市も「大阪国際空港と共生する都市宣言」に方針を転換した。

 伊丹空港は一時、旅客数や発着便数が減少したものの、再び増加。全国で数少ない黒字経営の空港となった。最大の理由は、関西空港と比べた際の立地の良さとアクセスの利便性。航空会社の間でも、関西空港の国内線を伊丹空港へ戻す動きが加速した。他方、関西空港では国際線も含めて閑散ぶりが年々目立つようになった。

 再び、伊丹空港の廃港が取りざたされたのは、2008年7月の橋下徹・大阪府知事(当時)の発言が発端だった。関西空港の発着数などの低迷に危機感を抱いたのが発言の理由だったが、地元自治体からは同氏の発言への反対表明が相次いだ。

 その後、巨額の負債を抱える関西空港の財政基盤を支える形で、両空港は経営統合。オリックスとヴァンシ・エアポートなどが出資する関西エアポートに民営化され、今日に至る。