鍋の定番「ポン酢」、もともとは“鉄道旅行”のお土産だった!

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明治時代以降、鉄道網が整備されるにつれて、旅行の際に持ち帰る土産物の内容に変化が現れるようになる。鉄道により移動時間が短縮された結果、食品を土産物にするようになったのだ。そんな鉄道旅行時代に生まれた土産のひとつが、熱海名産のポンスであった。

東京の洋酒屋で生まれた「ポン酢」の字

『時事新報』明治26年9月28日付け(画像:近代食文化研究会)
『時事新報』明治26年9月28日付け(画像:近代食文化研究会)

 この熱海名物「ポンス」が、飲料ではなく料理に使われるようになり、「酢」の漢字が当てられて「ポン酢」となったのは、東京においてである。

 東京で発行された1893(明治26)年9月28日付け『時事新報』の主婦向け献立記事「何にしよう子(ね)」が、「ポン酢」の資料上の初出。

「何にしよう子」では、しめ鯖に「山葵(わさび)醤油ポン酢」を使用するとある。そしてポン酢については“一瓶洋酒屋より求め置く事”とある。つまり、カクテル用に洋酒屋で売られている熱海産の「ポンス」を、「ポン酢」とよんでいるのだ。

「ポン酢」という名前は、長崎出島のオランダ人由来という説があるが、これは間違い。長崎を含めた九州・中国地方は、気候が温暖であることから、古くから橙の果汁を酢の代わりに料理に用いてきた。「ちり鍋」がその代表である。

 これらの地方では橙の果汁のことを「ポン酢」とはよばない。「橙の汁」あるいは「橙酢」とよんでいた。「ポン酢」というのはあくまで、東京など一部地域の方言であり、他には京都や大阪などの一部の人しか使わない言葉であった。

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