鍋の定番「ポン酢」、もともとは“鉄道旅行”のお土産だった!

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明治時代以降、鉄道網が整備されるにつれて、旅行の際に持ち帰る土産物の内容に変化が現れるようになる。鉄道により移動時間が短縮された結果、食品を土産物にするようになったのだ。そんな鉄道旅行時代に生まれた土産のひとつが、熱海名産のポンスであった。

熱海名物「ポンス」と鉄道旅行の普及

橙の実(画像:写真AC)
橙の実(画像:写真AC)

 1903(明治36)年に連載され大ヒットとなった村井弦斎の小説『食道楽』には、当時の静岡におけるさまざまな名物・土産が登場する。

「修善寺から熱海へ出て名物のポンスを買って小田原と大磯へ寄って来たが小田原の梅干も三樽買って来た」

 熱海名物の「ポンス」とは何かというと、橙(だいだい)の果汁を瓶詰めにしたもの。当時の欧州では、果汁やスパイスなど五種類以上の材料を使った清涼飲料水もしくはカクテルを、「ポンス」または「パンチ」とよんでいた。ポンスを作るための果汁ということで、橙果汁の瓶詰めに「ポンス」という商品名を付けたのだ。

 温暖な熱海では、江戸時代から正月用の橙が栽培され、江戸へと出荷されていた。鏡餅やしめ縄の飾りに使われていた果実は、ミカンではなく橙なのである。

 余ったり、形の悪い橙の実は廃棄されていたが、明治時代になって欧米から低温殺菌法がもたらされたことにより、殺菌された瓶詰め果汁の長期保存、遠距離輸送が可能となった。捨てられていた橙の実の有効活用法として生まれたのが、果汁の瓶詰め「ポンス」なのである。

 とはいえ、徒歩による旅行の時代には、重たい瓶入り果汁を土産とすることは避けられていたことだろう。重量を気にせずに土産物を選ぶことができる鉄道旅行の時代になってはじめて、「ポンス」は熱海名物となったのだ。

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