「車がないと暮らせません」 地方移住は本当に幸せなのか? 相談件数7.3万件で過去最多、多くが見落とす“生活を左右する基盤”とは

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地方移住の相談件数は7万3003件と5年連続で最多を更新したが、現実は甘くない。移住者の35.8%が「交通の不便」を最大の課題に挙げるように、地方の生活は自動車という私有資産に依存する構造で成り立つ。移動負担が社会から個人へ転嫁されるなか、そのコストと労力を引き受けられるかが、移住の成否を分ける。

地方の自動車依存

田舎暮らしで大変なことに関する意識調査(画像:AlbaLink)
田舎暮らしで大変なことに関する意識調査(画像:AlbaLink)

 地方で自動車が不可欠とされる理由は、移動の選択肢が消滅した結果である。人口減少にともない公共交通の採算性が悪化し、鉄道やバスが縮小したことで、公的なインフラは機能を失った。ネット上においても、地方生活の課題として公共交通の少なさが挙げられ、自家用車が必須となる状況が指摘されている。社会基盤の変容がもたらした、強制的な結果といえる。

「電車は1時間に1~2本、最寄駅まで徒歩30分以上なんてザラにある。日本海側の冬は雨か雪なので、そもそも自転車に乗れません。田舎の車はライフラインと同じです」(同トゥギャッター)

というネット上の指摘は重い。行政や企業が担っていた移動の役割を、住民が自前の車両と燃料費で代行せざるを得ない実態を突いている。地方社会は、住民が自らの資産で移動サービスを自給自足することで、かろうじて成立しているのだ。移動に要する費用や労力のすべてを個人が背負う仕組みを、移住者は無意識に引き受けている。

 地方移住をめぐる議論は、しばしば「車が必要なのは甘えか否か」という対立に集約される。だが、これは価値観の相違ではなく、生活圏の物理的な条件が異なるために生じる認識の乖離だ。公共交通や自転車が機能する都市環境を前提とすれば、車を持たない選択は合理的だろう。対して、生活機能が広範囲に分散し、厳しい気候条件を抱える地方では、自動車は生活を継続するための不可欠な基盤として機能せざるを得ない。

「スーパーまで片道7kmはあります。会社まで20kmあります。電車乗り継ぎバスを利用して通勤すると2時間かかります。車なら30分です」

という証言がある。

「近場のスーパーまでわずか2Km。ただし、標高差は100mです。自転車で行けと?」

という訴えも切実だ(同)。たとえ2kmの移動であっても、100mの高低差や2mの積雪がある環境下では、負荷の質が平地とは根本的に異なる。自家用車の維持は、利便性の追求ではなく、生存を確保するための投資判断なのだ。移動手段を決定するのは本人の意志ではない。土地の傾斜や天候といった外部環境が、選択権を奪っているのではないか。

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