日本の「無防備な日常」が世界の旅人を惹きつける理由【連載】平和ボケ観光論(8)
防衛本能が解除される国

「平和ボケ」という言葉は、これまで危機感の欠如や無防備さを戒める自虐的な表現として使われてきた。しかし、人の移動を前提とする観光の視点で捉え直すと、その意味は大きく反転する。世界各地で移動に緊張と警戒がともなう現代において、防衛本能をほぼ解除した状態で滞在できる環境は、他国がどれほど投資を重ねても容易に再現できない希少な資産である。本連載「平和ボケ観光論」では、この環境をインバウンドの心身を回復させる世界屈指の安全インフラとして再定義する。自嘲の対象とされてきた「平和ボケ」という空気が、いかにして世界が渇望する「最高のぜいたく」へと転じるのか。各地での体験を通じ、その価値を多角的に掘り下げていく。
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20時前後、筆者(仲田しんじ、研究論文ウォッチャー)がスーパーへ買い出しに行く道中で見かける女性ランナーがいる。ほぼ毎日同じ時間にひとりで走る彼女の姿は、この街の安全さを雄弁に物語っている。
世界を見渡せば、夜間に女性がひとりで路上を走れる都市は驚くほど少ない。塾帰りの小学生や深夜の中高生が公共交通を利用する光景も、日本では日常だが海外では驚異的な事象だ。
これまで私たちは、こうした無防備な状態を「平和ボケ」と自嘲してきた。だが移動に緊張がつきまとう現代の旅行者にとって、日本は防衛本能を解除できる極めて希少な場所である。この空気そのものが、訪問者の疲弊した心身を回復させる、世界でも類を見ない安全インフラとして機能している。
自らの身を守るための警戒心を解き、無防備な状態で街に身を任せられる体験は、現代において他国がどれほど資金を投じても模倣できない最高のぜいたくといえる。
この環境は国民性のみで保たれているのではない。分単位で正確な鉄道網、夜道を隅々まで照らす街灯、地域に根ざした交番網。これらが一体となり、強力な優位性を生んでいる。商店の明朗会計や行き届いた清掃も、訪問者が本来払うべき警戒のための精神的コストをゼロに近づける要因だ。
観光地は数年で形にできるが、数十年にわたる歳月を経て積み上げられたこの無防備な日常こそ、世界が求める資産となっている。