「1km = 50億円」の時代はもう終わったのか? 「新名神」で積み上がる2285億円、なぜ最後に残る区間ほど負担は重くなるのか

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高速道路建設費は「1km = 50億円」の目安を大きく超え、新名神では追加2285億円。人口減少で需要が2030年に約8970億台kmで頭打ちとなる中、巨額投資の妥当性が改めて問われている。

山岳区間の工事費増大

日本の高速道路:建設費と真の価値。
日本の高速道路:建設費と真の価値。

 山を貫き、谷をまたぐ。日本の高速道路建設において、トンネルや橋が連続する山岳地帯の工事費が膨らむのは、ある種の宿命といえる。近年、工事にまつわる技術は飛躍的に高まり、かつてなら不可能とされた険しい場所にも道を通せるようになった。しかし、その進歩はコストの引き下げにはつながらず、むしろ一か所あたりの負担をいっそう重くしている。

 背景にあるのは、私たちが道路に求める水準そのものの変化だ。走る際の快適さを支えるトンネル内の最新設備や、周辺住民の暮らしを守るための防音対策。こうした環境への配慮に投じられる資金は、以前とは比べものにならないほど増えている。とりわけ新名神高速道路の開通済み区間を歩けば、他の路線と比べても設備面への比重が極めて大きいことがわかる。未開通区間で公表された約2285億円という追加費用も、これまでの高い整備水準を保ち、周囲との調和を図るために積み上がった数字といえるだろう。

 むろん、こうした投資が無に帰すわけではない。全国に張り巡らされたネットワーク全体で見れば、移動時間の短縮などによって年間約2.1兆円規模の利益を社会にもたらしている。その価値はこれからも高まっていくはずだ。一方で、跳ね上がる建設費を前に、入ってくる通行料金だけでは支出をまかないきれない路線が少なくないのも事実である。

 かつての建設費の目安が通用しなくなったのは、道路整備が単なる物理的な工事の枠を超えたからに他ならない。高度に発展した社会において、利便性と安全性をより高い次元で両立させるための「調整の対価」がいまの費用水準なのだ。私たちは、この膨大な費用の積み重ねに見合うだけの価値を、これからの道路網からどう引き出していくべきか。その本質的な問いと向き合う段階に来ている。

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