残クレは「見栄のドーピング」なのか? 年収460万で高級車に乗る現実――あなたは車の主人か管理人か
街で目にする高級車の価格は540~890万円。平均年収458万円との乖離を埋める残価設定型クレジットは、新車購入の約半数で利用され、所有から使用への価値観変化と、安全・体験を両立する合理的消費の象徴となっている。
変わる車文化

残クレという仕組みは今後さらに拡大していくだろう。自動車メーカーは販売台数の維持と中古車市場の安定化のために、金融会社は利息収入の確保のために、この仕組みを手放すことはない。むしろ、若年層の所得が伸び悩むなか、
「月額で手に入る高級車」
という選択肢は、今後も魅力的な商品として提示され続けるはずだ。
問題は、この流れが加速することで、車が持つものから使うものへと完全に移行していく点にある。所有という概念が希薄化すれば、車への愛着や大切にする意識も変わっていく。3年や5年で次々と乗り換える消費スタイルが定着すれば、長く一台の車と付き合うという文化は失われるかもしれない。
一方で、技術革新が急速に進む時代において、常に最新の安全技術にアクセスできる仕組みは社会的な意義も持つ。自動ブレーキや運転支援システムが標準装備される車を定期的に乗り換えることは、交通事故の削減にもつながる。この側面を無視して「昔は良かった」と懐古するのも建設的ではない。
今後注目すべきは、EVへの移行が本格化したときの残クレ市場の変化だ。EVは構造が単純で故障が少ないとされる一方、バッテリーの劣化という新たな不確定要素を抱える。5年後の残価をどう算定するのか、バッテリー交換費用は誰が負担するのか。これらの問題が明確にならない限り、EV時代の残クレは不透明な部分を多く残したままになる。
結局のところ、残クレは良いか悪いかで判断できるものではない。利用者がこの仕組みの本質を理解し、自分の価値観と生活に合った選択をできるかどうかが全てだ。車という高額商品を通じて、私たちは改めて
「所有とは何か」
「豊かさとは何か」
を問い直す時期に来ている。その問いに対する答えは、ひとりひとりが自分で見つけるしかないのだろう。