知床は元々「魔の海域」だった 半島周辺でかつて起きた2件の最悪海難事故とは

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2022年4月に知床半島で発生した観光船の沈没事故。同じ海域では、過去にも重大事故が幾度と起きていた。

悲劇の末、認知された知床の魅力

知床で起きた観光船の事故を伝える2022年4月26日の北海道新聞1面(画像:合田一道)
知床で起きた観光船の事故を伝える2022年4月26日の北海道新聞1面(画像:合田一道)

 映画が公開され、秘境・知床岬が認知され、やがて一帯は知床国立公園に認定された。

 羅臼町は1969(昭和44)年、森繁直筆の歌詞を刻んだ「知床旅情」の歌碑を建立。斜里町も負けじと同町ウトロに「知床旅情の碑」を建立した。

 さらに羅臼町が1978(昭和53)年、「オホーツク老人・森繁久彌 顕彰碑」を建て、森繁を招いて除幕式を開催(『オホーツク老人』は戸川幸夫による原作)。

 こうして知床岬は、多くの観光客を呼び寄せるのに成功したのだった。いまでもこの歌を耳にするたび、地元住民には不思議な感慨があふれてくる。

戦争末期に起きた衝撃の遭難事件

 また小説『ひかりごけ』は武田泰淳が著したもので、太平洋戦争末期この岬を舞台に起こった事件を戦後にまとめた作品だ。

 猛吹雪の中、徴用船が機関を故障して遭難し、岬の東側の突端近くに乗り上げる。乗組員7人は陸地に降り立つが、途中、船から落ちたり、吹雪に打たれて倒れたりして、雪に埋もれた番屋を見つけて入り込んだのは船長と若い乗組員だけ。

 だが食べ物がなく、飢餓(きが)に陥った船長は、衰弱死した若者を口にして生き延びるという内容だ。

 前半は紀行文、後半は脚本形式で、人間は食べなければ生きられない、だが食糧を失ったとき人の肉を食べるのは善なのか悪なのか、食べないで餓死するのは当然か、不自然か、と読者に迫る。

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