トランプの制裁で消えた200機! 翻弄された「イラン航空」空白の10年とは

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イラン航空業界は、1979年革命以降、制裁と老朽化に苦しみ、平均機齢27年の航空機で運航を続けてきた。2016年には西側航空機200機を一挙発注したが、制裁再開やコロナ禍、欧州制裁により再び存亡の危機に直面している。

イラン航空の西側依存

イラン航空の期待。同社Xより(画像:イラン航空)
イラン航空の期待。同社Xより(画像:イラン航空)

 イラン航空業界の苦境は、1979年のイラン革命に始まる。革命前のイランは親米国で、国営のイラン航空も欧米各社の最新鋭機を導入していた。例えばボーイングの短胴・長距離型B747SPは、ニューヨークからテヘランへの直行便を実現するため、パンナムとイラン航空の依頼で開発された機体である。

 イラン航空は1976年以降、B747SPを主力機としてニューヨーク線や東京線に導入し、長年にわたり活躍させた。そのほかにもボーイングB727やエアバスA300など、西側諸国の最新鋭機を次々に導入していた。しかし1979年の革命で状況は一変する。王政が倒れ共和国となったものの、革命の過程で米国大使館が占拠され、米国との国交は断絶した。

 これにより米国製の航空機や部品の購入が不可能となった。米国製部品は世界中の航空機で使用されているため、欧州勢の航空機を導入することも困難になった。また既存機も欧米製であることから、東側のソ連からの航空機導入も難しかった。イラン航空が最後に西側機を導入したのは、1988年のエアバスA300-600が2機である。これはイラン航空655便がペルシア湾で米軍に撃墜されたことによる補償の一環として行われた。

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