率直に問う もはや自転車は「免許制」にすべきか? 氾濫する“無秩序リスク”を考える
段階的導入を検討すべき理由

自転車の「自由」が続く一方で、交通秩序の維持にかかる社会的コストは膨らんでいる。特に都市部では、通勤・通学時の利用者が集中する。これにより、歩行者や自動車との動線が複雑化し、事故やトラブルが増加している。警察庁のグラフによると、自転車関連交通事故の件数は2004(平成16)年の約18万8338件から2022年の6万9985件に減少した(63%減)。しかし、全交通事故に占める自転車関連事故の割合は2022年に23.3%と「過去最高」に達している。
この「事故件数の減少」と「構成比の増加」のギャップは、自転車事故の相対的な危険度と社会的脅威が高まっていることを示しており、制度的対応の必要性を裏付けるデータといえる。
この状況は、
・行政や警察の取り締まり
・保険・医療の対応
に大きな負担をかける。結果として、効率的な交通管理の実現が難しくなっているのが現状だ。
自転車の利用者層は多様である。通勤・通学で日常的に乗る人もいれば、観光や余暇で利用する人もいる。それぞれのリスクや交通知識の習熟度は異なる。そのため、全国一律の規制で対応するのは非合理的だ。筆者(作田秋介、フリーライター)は、地域や利用状況に応じた段階的な制度導入が合理的と考える。
例えば、交通密度が高く事故リスクの大きい都市部から導入すべきではないか。地方や利用者の少ない地域では、段階的に広げていく運用が考えられる。
さらに、技術の進化が自転車における
「免許制導入の現実性」
を高めている。
・オンライン講習
・スマートフォン連携型の認証システム
を活用できる。これにより、運転者教育を効率的に実施できる。本人確認や資格履歴の管理も容易になるだろう。
こうした仕組みを活用すれば、制度運用にかかる行政負担を最小限に抑えられる。教育を通じた交通秩序の維持システムも整備できる。
制度導入の最大の意義は、自転車利用者の自由を制限することではない。社会全体の安全性を高め、
「事故や違反による負担を分散させる」
ことにある。段階的な免許制は、利便性を大きく損なうことなく、交通空間の秩序と安全を維持する現実的な手段として検討されるべきではないか――。