率直に問う 自転車はどこを走っても「邪魔者」なのだろうか?
2026年春、罰則付きで自転車の車道走行が原則化される。しかし都市部では路肩の段差や停車車両が常態化し、制度だけでは年間数千件の事故リスクを減らせない。安全と秩序の鍵は、道路環境と教育、運用の三位一体にある。
制度と現場の断絶

2025年10月、大阪市中央区の堺筋で、自転車に乗っていた男子中学生が観光バスと接触し、命を落とした。警察は進路変更を原因のひとつとしたが、本質はそこにない。
車道走行を前提としながら、安全に走れる空間が存在しなかった。歩道は狭く、車道には停車車両や段差が並び、自転車は中央に膨らむしかなかった。この「設計と制度の不整合」が、悲劇を招いたのである。制度を整えるだけでは、人の命は守れないことを、この事故は痛烈に示している。
都市部の主要道路では、配送車両やタクシーの停車が頻繁に発生し、自転車レーンが途切れる場面も少なくない。住宅街では道路幅員が狭く、車道走行自体が物理的に不可能な場所もある。こうした現実を無視してルールだけを適用すれば、車両の追い越しや進路変更が増え、交通全体のリスクは高まる。制度は一律でも、道路は一律ではない。現実を無視した画一的な運用は、秩序ではなく混乱を生む。
専用レーンの整備や教育プログラムには確かにコストがかかる。しかし、事故削減による医療費や保険金、労働損失の減少を考えれば、中長期的には費用対効果は明らかに高い。
さらに、安全な走行環境は都市の魅力を高め、観光や通勤、商業の回遊性にも好影響を与える。安全は単なるコストではなく、将来への投資である。制度だけで済ませようとする「安上がりな安全」は、結局もっと大きな代償を生むことになる。