私たちはなぜ「運転」に甘く、タバコに厳しいのか? 「車は特別」という大勘違い! 優遇バイアスを考える

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現代社会は、無意識のうちに車中心主義に毒されている。英欧米2407人を対象とした調査では、人々は喫煙には厳しい一方、運転に関しては過半数が寛容。公共の安全や社会的害への感度の差が、交通事故や環境負荷の温床になっている現実が浮かび上がる。

車中心社会の無自覚バイアス

自動車(画像:Pexels)
自動車(画像:Pexels)

 保育園児や幼稚園児、場合によっては低学年の小学生にとって、黄色い帽子はお馴染みの存在だ。しかし、もし帽子をかぶり忘れた子どもがいたら、注意したくなるだろうか。さらに、帽子をかぶらず道路で危険に遭った場合、親や教師はその子を厳しく叱責するかもしれない。しかし、それを当然だと考えるのであれば、私たちは車社会のバイアスに無意識のうちに影響されている可能性がある。

 交通安全は、利用者全員が等しく意識すべき責任である。目立つ帽子をかぶっていなかったことを責めるのは、本質を見誤った行為である。これは、レイプ被害に遭った女性を、服装が露出過多だったからと非難することと同じ構造を持つ。

 現代社会では、

「自動車中心主義的な考え方」

が人々の意識に深く浸透している。この現象は、英スウォンジー大学の心理学者イアン・ウォーカー氏らによって2023年に「モトノーマティビティ(motonormativity)」と定義された。ウォーカー氏によれば、現代人は無意識のうちに

「移動とは車を運転すること」

と固定観念化している。交通は車中心で行われる活動であるという無自覚のバイアスこそがモトノーマティビティである。

 この無意識のバイアスのため、私たちは代替の移動手段を容易に思い描くことができない。その結果、交通事故や環境汚染といった現状の問題が見過ごされがちになる。車中心の常識に毒されることで、社会は重要な改善機会を逸しているのである。

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