日産「追浜工場」は生き残れるか? 鴻海EV協業で問われる「完成車メーカー」の定義

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日産が鴻海とEV協業を模索する追浜工場の存続問題は、国内自動車産業の構造転換を象徴する。約2万人の人員削減と工場再編を掲げる中、外資との異例連携が生産モデルと権限配分の再定義を迫る。EVの市場拡大にともない、設計思想と品質基準の継承が経営の重大課題となっている。

日産・鴻海が揺らす垂直統合神話

日産・追浜工場所在地(画像:OpenStreetMap)
日産・追浜工場所在地(画像:OpenStreetMap)

 日産の追浜工場は、1961(昭和36)年にブルーバードの生産を開始した歴史ある拠点だ。これまでキューブ、ジューク、リーフなど多くのモデルを手がけ、現在はノートとノート・オーラの2車種を生産している。だが、生産台数はピーク時の半分以下に落ち込み、工場稼働率も低下。老朽化や固定費の重さもあり、再編対象とされる背景がある。

 横須賀市にとって、追浜工場は地域経済を支える中核的な産業拠点である。工場の閉鎖は、派遣社員を含む雇用や税収にとどまらず、サプライヤー、運送業者、飲食・小売業など広範囲に影響を及ぼす。仮に鴻海との協業によって閉鎖を回避できたとしても、EVを軸とした産業構造への転換を成し遂げられるかは、地域経済の将来を左右する重要な論点となる。

 従来の自動車産業は、エンジンや車体を自社で設計・内製し、系列サプライヤーから部品を集めて完成車を組み上げる「垂直統合モデル」が基本だった。しかし、EVが台頭するなかで、産業構造はソフトウェア、半導体、バッテリーを中心とした

「分業モデル」

に移行しつつある。この分野で競争力を持つのは、家電メーカーやIT企業などの外資系企業であり、グローバル市場での影響力を強めている。

 日産にとっても、この垂直統合モデルの見直しは喫緊の課題だ。特にソフトウェア開発や半導体領域では明確な遅れがあり、外部企業との連携は避けられない段階に入っている。

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