トラックはなぜ“無料で待たされる”のか? 「物流タダ働き」の限界が浮き彫りにした時間搾取、荷主の「待たせ得」を考える

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ドライバー1回の輸送で約3時間が「荷待ち」と「荷役」に費やされる現実。動かない時間が無料で搾取される構造に、ようやく制度がメスを入れ始めた。物流の停滞に価格をつける発想は、供給側の再設計を迫る試金石となるか――。

柔軟性喪失リスクと現場の葛藤

物流トラック(画像:写真AC)
物流トラック(画像:写真AC)

 そしてもうひとつ。制度的な強制策が持つ力と限界も忘れてはならない。

 価格やコストの配分は、通常、市場の交渉力によって定まる。それを制度で変えるということは、いわば交渉の重力場に手を加えるということである。果たしてそれは現実的か、あるいは望ましいか。

 トラックを待たせた時間にコストを課す。それによって出荷オペレーションに新たな工夫や改善努力が生まれる可能性はあるだろう。しかし一方で、現場のフレキシビリティ(状況や環境の変化に対して柔軟に対応できる能力)が失われ、

「想定外の遅延に対して荷主・荷受人が過度に萎縮する」

ことも考えられる。時間に対価をつける――それはある意味で、運送という仕事に敬意を払うという行為にも映るかもしれない。しかし、それが現場に責任を押しつけるという印象に転化してしまえば、対立はむしろ深まるだろう。

 では、どこに落としどころはあるのか。時間の損失を誰がどのように引き受けるのが、もっとも「筋が通っている」といえるのだろうか。

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